中山道には西行の伝説が残っています。大井宿から御嵩宿までの間は30kmほどありますが、石畳に入ってほどなく西行にゆかりのある場所がありました。西行は平安時代の歌人で、元は佐藤義清という名で、院を警護する北面の武士を務め妻子も有りましたが、僧となり諸国を行脚し数々の歌を詠みました。
西行の最期については、複数の伝承地があるようですが、中山道にも西行の墓と伝えられる五輪塔があります。西行は文治2年(1186)に陸奥で藤原秀衡と面会し、その後鎌倉で源頼朝と面会し、和歌や武術について話をしたようです。
弓馬について西行は、出家前は藤原秀郷以来の家伝もあったが、すべて忘れてしまったと答えたようです。和歌については花や月を見て感動すると自然に三十一文字が浮かんでくると答えています。持ってる人という奴ですね。
その際に頼朝から銀の猫を拝領したそうですが、御所の前で遊ぶ子供にあげてしまったそうです。身分や家族すら捨てて家をでた西行に宝物は意味を持たないということですか。不思議な人ですね。
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