伊自良氏館からの転戦です。伊自良氏館から当初予定したルートは通行止めになっていた為、迂回ルートを捜してみくら清水口付近(35.98519、136.46863)に着きました。
当初予定したルートでは17~18分で着くところ、35分かかってしまいました。
室町時代、幕府の重臣(管領)斯波氏の一族斯波義種により築かれました。
3代目城主斯波持種の子義敏と義廉との家督争いに端を発した斯波氏の内紛に乗じ、朝倉氏に攻め落され、一族の朝倉下野守経景の居城となりました。
1573年(天正元年)朝倉氏滅亡後、織田信長の武将金森長近の城となり、1577年(天正4年)大野城を築くまで、越前美濃の国境の要として重要視されました。
みくら清水口(城内の飲料にされたと伝わります)の登山道入口から登りました。説明案内板が建てられています。
主郭から三方(北西側、北東側、南側)に伸びる尾根に曲輪を配しています。
北東側の大きな堀切には階段やロープが設置されていました。北西側と南側には時間の都合で行っていないのでわかりません。
堀切のオンパレードと畝状竪堀があり、堀切好きの自分は大満足です。(投稿写真を10枚に絞り込むのが難しいです)
主郭から越前大野城の天守が見えると言われていましたが、生い茂る木や草に邪魔されて見えませんでした。(見る方向は間違っていないと思いますが?)
攻城時間は55分くらいでした。次の攻城先=越前大野城に向かいます。
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