しょうらくじじょう

勝楽寺城

滋賀県犬上郡

別名 : 勝楽寺山城、正楽寺城
旧国名 : 近江

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todo94

北近江長浜大河ドラマ館推参前の攻城④ (2026/02/14 訪問)

目加田城からの転戦です。案内板に1時間30分~2時間の所要との記載がありましたが、自分の脚ならその半分で済むだろうと、長浜に赴く前の攻城に踏み切りました。獣除けフェンス内に入って、石仏群、経塚、狐塚とたどり、上臈落としまでの道は案内表示も出ていてまず迷うことはないでしょう。狐塚の手前には巨大な佐々木氏の家紋があり、名神高速からも望むことができます。上臈落しからの眺望はなかなかのものでした。来た道を戻って主郭へと向かいます。主郭の先、見張り台にはピンクテープがあったので、テープを辿ってどんどん進んでみました。かなりの急斜面を下っていくと獣除けフェンスに達してしまいました。途中でフェンスの外に出て、フェンス沿いに進み、出発地点に戻ることはできました。所要時間は45分ほどでしたが、肝心の石垣遺構を見逃してしまいました。既に9:30になっていたので、ここから長浜の大通寺、大河ドラマ館へと向かいました。佐々木道誉の墓も拝んでいないことですし、再訪を期したいと思います。

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昌官忠

(東海&関西)遠征5日目:勝楽寺城 (2025/05/19 訪問)

高室山城から車で15分くらいで、勝楽寺池横空スペース(35.194283、136.288091)に着きました。

勝楽寺城は南北朝期の婆沙羅大名・京極高氏(佐々木道誉)の命により高築(高筑)豊後守によって築かれた城です。
戦国時代には多賀豊後守が居城していましたが、織田信長に攻められ、廃城となりました。
現在城址はハイキングコースとして整備されています。また、山麓にある勝楽寺は道誉の菩提寺として有名です。

近江の山城では珍しい畝状竪堀群や石垣、礎石などの遺構を確認することができるようですが、レンタカー返却の時間がせまっていた為、早めに撤退しました。
攻城時間は60分くらいでした。本日の城巡りは、ここがラストです。
本日の宿泊先に行く為、米原駅でレンタカーを返却し、米原駅から電車でびわ湖浜大津駅に向かいました。
歩行歩数=30644歩、歩行距離=21.5Kmです。

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佐々木道誉 (2022/12/15 訪問)

 勝楽寺から登城路が整備されています。といってもトラロープが張られている所もあり、歩きにくい所もありました。尾根に曲輪を配置した縄張りですが堀切などはないように思われます。主郭の案内板を見ると「ところどころに縦堀りがあり、全国的に珍しい「うね状縦掘り山城」として、、」と書いてありました。畝状竪堀がどこにあるのか探してみましたがわかりませんでした。主郭の南面と北面には多くは崩れていますが、石垣がみられます。勝楽寺の山門は勝楽寺城の上藹屋敷の城門を移築したものと伝わっています。
勝楽寺には佐々木道誉の墓があります。

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おっちゃん

正楽寺山ハイキングコース案内 (2017/12/29 訪問)

現地案内板より抜粋。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 高築豊後守
築城年 応安元年(1368)
主な城主 高築豊後守、多賀豊後守
遺構 曲輪、石垣、土塁、竪堀(畝状竪堀群)
再建造物 説明板
住所 滋賀県犬上郡甲良町正楽寺、多賀町