続日本100名城

きくちじょう/くくちじょう

鞠智城

熊本県山鹿市

別名 : 菊地城
旧国名 : 肥後

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鞠智城
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トク

鞠智城(2/2):建物群と周辺をぐるり探索 (2026/02/21 訪問)

鞠智城の続き(2/2)です。

八角形鼓楼の横には「米倉」も再現されていました。この米倉には九州から税で集められた米などの食料がいったんここに蓄えられ、大宰府・大野城・基肄城・金田城などに送られていたと思います。他の建物は掘立式(穴を掘って柱を建てる)ですが、米倉だけは重さに耐えられるよう礎石式(礎石の上に柱を建てる)でした。日本最初の礎石建物かも?しれません(間違っていたらすいません)。礎石式の建物は飛鳥・奈良・平安時代に寺院などでよく見られ、慶長期では天守にも採用されましたが、石垣と同じく大和時代から朝鮮には礎石式技術がすでにあった事には驚きです。湿気に耐えられるよう高床式でネズミ返しもあり、よく考えられた作りでした。でも本当にこれだけで、ネズミは防げたのでしょうか🤔?(写真①②③)。

また「兵舎」も再現されていました(写真④)。物資だけでなく、全国から集められた兵士たちがここでいったん訓練し、それから九州各地へ防人として送られたのではないかと思います。夜はこの兵舎の中で武器の手入れをしながら、自分はいったいこの先どこに派遣されるのだろうか? 不安な夜を過ごしていたのかもしれませんね。「板倉」は武器を保管する倉庫だったのではないかと推測されています(写真⑤)。

建物群からさらに北へ歩き、先端の灰塚展望台で雄大な景色を見ながら休憩しました(写真⑥)。西を眺めると有明海までかすかに見渡せました。

展望台から今度は坂を下ってまた上がり、「池の尾門→堀切門→深追門」と歩いて回りました。特に「堀切門」は当時の門の様子がよく分かる場所です。一挙に攻められないように狭い堀切にし、そこに長い礎石を置いて石に穴を掘って柱を立て、門を築いていたようです(写真⑦)。そして門の周りはわかりにくいですが、版築土塁で固められているそうです。攻め手の気分で下から見上げると、守り手の様子を想像する事ができました。

2月というのにこの日は気温22度、2時間歩き回ると汗をかいたので、最後に温故創生館の前にある「栗と空」というカフェで和栗のモンブランソフトを頂きました。これ甘くて冷たく、口の中で栗の味がジワ~ととろけ出して、めちゃくちゃおいしかったです。栗を使った和菓子やスイーツは他にもたくさんありました。ちなみに山鹿市は西日本一の栗の生産地だそうです(なるほど🤔)(写真⑧⑨⑩)。

帰りは、また一丁榎のバス停まで戻って、次の目的地である菊池温泉へ向かいました。滞在時間は全部で4時間、鞠智城をじっくりと堪能できました~😊!
 

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トク

鞠智城(1/2):ローカル路線バスで古代山城へ (2026/02/21 訪問)

熊本県北部の山鹿市(やまが)にある続100名城の「鞠智城」を訪れました。車なら九州道の植木ICか菊水ICからすぐですが、私はまたこりずに山間地であるにもかかわらず、ローカル路線バス乗り継ぎ旅で行ってきました。

今まで公共交通で攻めた方のほとんどは、熊本駅または肥後大津駅から菊池温泉までバスで行き、菊池温泉から合い乗りタクシー(土日祝のみ運行・要予約:参考⑨)を利用されていると思います。しかし私は、「玉名駅」からバスで1時間「山鹿温泉」に行き、さらに山鹿温泉から「菊池温泉」行に乗り換えて30分、「一寸榎」(写真⑩)という山の中のポツンと何もない所で降り、そこから20分かけて鞠智城まで歩くという、誰も行かないであろう(そんな物好きはいないであろう)ルートで攻めてみました!😱?

鞠智城は全部見て回ればとても広いです(参考⑦)。まず温故創生館(写真④)でスタンプを押して、館内でビデオや展示を30分見学して予習し、それから建物群を見ながら北端の灰塚展望台まで行き、帰りは土塁線を眺めながら3つの門跡を探索、広い城内をぐるりと2時間かけて一周しました。アップダウンもあるので一周する方は歩きやすい靴がいいと思います。駐車場から(写真⑤)の建物群のみの見学なら、30分くらいで回れると思います。

鞠智城は大野城や基肄城と同じ白村江の戦いで敗れた後の665年頃に、大宰府などへの補給基地として天智天皇の命で、百済からの亡命者である「憶礼福留(おくらいふくる)」の指揮のもとに築かれたそうです(写真⑥)。特に「八角形鼓楼」はインパクトのある珍しい建物です(写真①②③)。日本ではあまり見かけない形ですが、朝鮮にはよくある形のようです。主に見張り台として使われ、ある時は時を知らせる太鼓を鳴らし、またある時は狼煙(のろし)で大宰府まで知らせる連絡手段の役割もあったそうです。ここから大宰府まで狼煙で何分かかって伝わるか実験したという記録もありました(写真⑧)。何と90kmを55分で着いたとか。

次は、他の建物と周辺を散策したいと思います。(2/2)へ続きます。
 

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20181013鞠智城(熊本県山鹿市) (2018/10/13 訪問)

家族で遠出をしたついでに立ち寄ったためあまり時間がなく、八角形鼓楼周辺を見学したのみ

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アネ

古代城開眼 (2020/11/16 訪問)

思えば、このお城によって古代城への眼を開かれた気がします。
山道をクルマで登ると、目に入るのは異国風の塔。
再現された鼠返しのついた高床式倉庫や、校倉作りの建物などに、ここに「都市」があったのだと実感させられます。

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城郭情報

城地種類 古代山城
築城年代 飛鳥時代
築城者 天智天皇
主要城主 不明
文化財史跡区分 国史跡(鞠智城跡)
天守の現況・形態 なし
主な関連施設 米倉、板倉、兵舎、鼓楼
主な遺構 建物跡
住所 熊本県山鹿市菊鹿町宇田原米原/菊池市木野
問い合わせ先 山鹿市教育委員会社会教育課文化係
問い合わせ先電話番号 0968-43-1651