大坂城三の丸にはかつて細川忠興の屋敷があり、屋敷跡の道路脇には細川越中守忠興屋敷跡の石碑が建てられています。また、石碑の道向かいには屋敷の台所のものと伝わる井戸があり、越中井の石碑と説明板が設けられています。
大坂城の細川忠興屋敷といえば細川ガラシャ最期の地として知られますが、越中井の石碑側面にはガラシャの辞世が刻まれています。また、越中井から南に徒歩3分の大阪カテドラル聖マリア大聖堂は、細川忠興屋敷跡に建てられていることから、大聖堂入口右側にガラシャ像(左側には高山右近像)が、南東向かい側にはガラシャ慰霊塔が建てられています。カトリック信者でなくても見学できるようなので大聖堂内に入らせてもらうと、両脇のステンドグラスから差し込む光と堂内に響くパイプオルガンにより荘厳な雰囲気が漂っていました。正面奥には和装の聖母の両脇に高山右近と細川ガラシャを配した大壁画が掲げられ、右側にはガラシャの最期が描かれています。
…ということで、麒麟がくる紀行の一環としてガラシャの出生、新婚、幽閉、そして最期の地をめぐってきましたが、最期の地に立ってみて、改めて何とも言いいようのない気持ちになりました。ガラシャの生きざまに心を動かされる一方で、誰の記憶にも残らない平凡な一生であっても幸せに暮らせていたなら、という思いもあって……だめだ、やっぱ何も言えねぇ…。
# 訪問時に屋敷跡石碑の写真を撮りそこねていたので、翌週に雨の中を再訪する羽目になりました。やれやれ。
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