短時間だが知立城址に立ち寄った。現在は住宅地で西町児童公園に城址碑と案内板のみが建っています。遺構らしきものは見当たらなかった。知立神社の神主を務めていた永見氐の居城で、今川義元に仕えていたが、永禄3年(1560年)桶狭間の戦いで織田信長によって落城となりました。天正年間に刈谷城主水野忠重によって御殿が建てられ、将軍上洛時の宿泊施設となっていましたが、元禄12年(1699年)の大地震により倒壊しました。案内板にある17世紀後半(江戸時代前半)の池鯉鮒宿(品川宿より39番目の宿駅)の宿並図にある、本陣、脇本陣、問屋場跡は時間の都合で確認出来なかったが、敷地三千坪の雰囲気を味わって来ました。
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