今回の別枠高松城復元桜御門、備前、播磨未踏の城廻り終りの城は神戸西区の端谷城、神戸都市部近くの山中に素晴らしい山城が残ってる、比高も低く私でも登れるかなと行って見たい城にマークして登城のチャンスを待って居ました。
妻鹿城から東に約30~40km程、国道2号線バイパスを走行し、古城盛衰記さんガイドの県道52号線沿いの端谷城駐車場(34°43'33"N 135°03'o6"E)を目指す。舗装されて約20台は可能、駐車場北側に案内解説板が設置されてる。
駐車場から南を流れる櫨谷川に架かる橋を渡り寺谷公会堂横を通り北に登って行くと満福寺の石段に付く、満福寺と端谷城跡の石碑が建ってる、石段は急なので車道を通る、車進入禁止の鎖チエンを跨ぎ二曲がりの坂道を登る、途中に案内解説板縄張付きが有るが日焼け劣化が酷く判読困難、満福寺境内の3の丸、境内に衣笠氏の顕彰碑、衣笠氏関係か?墓石が建てられている、一段上がって本堂、東に庫裏なのか建物が有るが人の気配は感じられない。
車道坂道北側は切岸の様な崖、途中に北の山側2の丸本丸に登る道が有る様なのですが案内板も無く不安、傘を差しての探訪でしたので3の丸跡の満福寺境内のみの探訪としました。
皆さんの投稿を見ると三の丸北二の丸本丸に堀切、土塁が残り南、東の櫨谷川が堀の代わり西に支流も堀代わり、南に突き出た丘陵を崖と切岸、堀切、土塁で護っていた。
案内板に由ると城主衣笠氏は鎌倉時代よりこの地櫨谷を治め、室町時代赤松氏の傘下、戦国期三木城の別所氏の傘下で支城の役割を果たし、三木城の落城後、落城廃城となる。
登城後明石海峡大橋線の神戸西ICが約5km程の所に在り、高速移動に大変便利、今回の未踏の城廻りは走行距離約1200km程に成りました。
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