この城は中世から近世にわたって(15世紀前半~明治初期まで)活用された平山城である。城主は畠山氏・伊達氏・蒲生氏・上杉氏・加藤氏・丹羽氏(伊達氏から加藤氏時代は城代)と続いた。中世の土の城が蒲生氏時代に初めて石垣が築かれ、その後の上杉氏・加藤氏によって順次改変され高石垣を持つ三ノ丸が造成されたと云う。
復元された箕輪門は丹羽氏10万700石の居城にふさわしい趣が感じられる。山上の本丸も見事な石垣で復元されているが、帯曲輪下に古い時代の大石垣、さらに三ノ丸へ降りていく途中にはかつての城道や堀切、中世城館の雰囲気を残す切岸や曲輪跡が続く。
この地は奥州道中が通る交通の要衝でもあり、戊辰戦争時の慶応4年(1868)には西軍の攻撃によって落城している。城址には当時の家老や藩士の自刃の地も残されている。
また今年は10月8日からは菊人形まつりも開催される予定であり、訪問時も準備作業中だった。
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