二俣城「南の丸Ⅰ(伝蔵屋敷)綺麗に整備」の続きです。
二俣城本丸二の丸南の丸Ⅰ北の丸を終えて、尾根続き北に約700~800mの所に浄土宗清瀧寺が在ります、そこには復元された井戸櫓と家康長男信康廟が在ります。
車で国道152号線より西の山裾の道を清瀧寺へ、駐車は裾に在る「本田宗一郎ものづくり伝承館」前の駐車場を利用。
復元井戸櫓は清瀧寺北の崖に復元されて居ます、井戸櫓は天竜川に沿って造られ、武田軍の水の手殲滅作戦のいかだ流しで井戸櫓は潰されて開城したとの逸話も伝わっている。
井戸櫓の北隣に清瀧の滝と池、諏訪神社が在ります。清瀧寺の登り坂下に信康堂が在り現代の彫刻家による木彫りの信康像が二体祀られて居ます。
坂道を登り切って清瀧寺山門、秋には銀杏の葉が落ちて山門屋根、参道が真っ黄色に成り絵になるシーンを期待したのですが訪問時期が遅すぎて、山門横に清掃され銀杏の黄色い葉っぱはゴミ袋の山積み。
本堂横の銀杏は黄色い葉っぱは健在で彩って居ました、山門と本堂の間の参道両脇にミカンの木が黄色いミカンの実を付けている、このミカンは駿府城公園にある家康お手植えのミカンの木より苗を作り枯れた時の為にと静岡市から贈られた苗木を植えて育てている。
本堂では法要の最中でお経が聞こえて来る、信康廟は本堂の裏の山手、周囲は墓所、石段を登り直角に曲がり石段を登り信康廟へ透かし門で閉まってる、廟に入った右脇に小さな五輪墓四基、殉死の吉良於初(初之丞)、当時の城主大久保七朗右衛門忠世、三方ヶ原で家康の身代討死した中根平左衛門正照、青木又四朗吉継と墓標に記載。山手に石垣、崖筋に白土塀参道が伸びて赤い門には三つ葉葵の紋が左右の門扉に付いている、その奥の墓石は見えません。
私は、古い話ですが信康と言えば中村錦之助主演の東映映画を思い出します、その時反逆児の意味など分からず亡き両親と観て居たのですが。
信康の切腹、母築山御前の殺害と悲しい事件でしたが時代の流れだったのでしょう、来年の「どうする家康」大河ドラマの描き方が楽しみな所です。
来年は二俣城、清瀧寺信康廟、鳥羽山城も少しは賑わって呉れるでしょうか?
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