日本100名城

ねじょう

根城

青森県八戸市

別名 : -

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根城
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ホリタカ

【冬とお城】八戸 根城 (2018/03/10 訪問)

ちょっと雪がのこってました根城。

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夏の雪だるま

南部八戸市の居城 (2015/08/23 訪問)

青森県八戸市にある百名城の一つ根城です。南北朝時代、南朝方の陸奥国司北畠顕家の国代として入部した南部師行が建武元年1334年馬淵川右岸標高20mの平坦部に築城した城で、5つの郭からなっています。八戸南部氏は南朝方として最後まで活躍しましたことで有名です。その後、同族の三戸南部氏の勢力が強くなり三戸南部氏が南部氏筆頭となりましたが、八戸南部氏は有力な一族として三戸南部氏を支え、その後、江戸時代初期1627年、遠野へ移封を命ぜられ遠野南部氏となっています。その後根城は破却されましたが、盛岡藩3代南部氏藩主が病没して分割成立した八戸藩2万石の城は別の場所に新たに城を築いています。根城は東西500m南北450mの規模を有していたとされ、北側は馬淵川の断崖、西側は沢、東と南は堀で囲まれた平城とされます。城は現在、復元され史跡広場となり、隣接には八戸市博物館があります。

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たかりん

三日月の丸くなるまで南部領 (2015/05/02 訪問)

南部氏といえば本拠は盛岡で、島津氏と並んで鎌倉時代から廃藩置県まで700年動かなかった大名家というイメージがありますが、江戸時代以前の本拠はむしろ青森県東部であったのは、ここを見てるような人には常識ですかね。本丸跡に主殿が復元され、他にも厩や納屋なども復元されてます。また他の御殿とかも「平面展示」とか言うらしいですが、「ここに建ってましたよ」というエリアを示す柱(?)で示されており、ただ案内看板があるだけよりは建物の広さのイメージがしやすいです。とにかく中世の城という感じで歴史公園としてよく整備されていました。

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ぴぽぽ

隣接の市立博物館も楽しかったです (2018/09/23 訪問)

市立博物館の駐車場に車をとめて、スタンプをぽち!
あまり期待せずに、博物館に入ってみると・・・なんだかすごい
縄文時代からの、遺跡や、出土品が、いっぱいで、八戸城角御殿表門の修理の
際に発見された、毘沙門天像は、3センチぐらいだけど、細工が細かくすごかったです
興味深くいろいろ見た後に、根城を周ってみました
八戸城から移設された八戸城角御殿表門を入り、東善寺、中館、本丸の間には、濠が
残っていて、敷地も広く壮大な感じがします
本丸の入り口で、ボランティアのガイドさんが案内してくれることに
建物のほとんどは、資料をもとに復元されているそうで、主殿は、ちょっと時代がずれて
いるそうです、当時井草は、この地域では生産されておらず、殿様も板の間で、生活して
いたそうです
工房や、納屋が、竪穴式住居のような造りになっていたのも興味深かかったです
ただ・・中に入って見学したあと、気を抜くと頭をぶつけますヾ(。>﹏<。)ノ
時間の関係で、城の外をぐるっと回れなかったのは残念

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概要

甲斐から陸奥に移った八戸南部氏が、南北朝時代から戦国末期まで本拠とした城。本丸ほか7つの曲輪で形成されていることが発掘調査によって判明し、その成果を参考として本丸跡に当時の根城を復元整備。接客や儀式を執り行った本丸主殿をはじめ、鍛冶工房・馬屋・納屋・東門などが復元されている。

城郭情報

城地種類 平城
築城年代 建武元年(1334)
築城者 南部師行
主要城主 南部氏
文化財史跡区分 国指定史跡
近年の主な復元・整備 平成6年に主殿・工房・鍛冶工房・板蔵・納屋・中馬屋・野鍛冶場・番所・井戸・塀・門・柵・木橋・四阿などを復原
天守の現況・形態 -
主な関連施設 八戸市博物館
主な遺構 本丸・中館・東善寺館・岡前館・沢里館・捨て郭・堀・土塁
住所 青森県八戸市根城下町42
問い合わせ先 八戸市博物館
問い合わせ先電話番号 0178-44-8111