【永原城】
<駐車場他>菅原神社前<35.090128, 136.035426>あり。
<交通手段>車
<見所>土塁・御亭跡
<感想>日帰り東近江ちょこ城巡りの旅3城目。現地説明板よると永原御殿は徳川家康・秀忠・家光の三代の将軍が利用した専用宿館です。1591年に家康が在京賄料として秀吉から野洲郡9万石を与えられます。関ヶ原後の1601年に永原に宿泊します。家康が7回、秀忠3回、家光2回利用したそうです。
現地は本丸部分の西側半分程度が残っています。南側の二の丸部分は会社になっていて、本丸東半分や東側三の丸は道路や宅地になっています。当時は本丸・二の丸・三の丸全てを堀で囲み各々独立した郭であったようです。野洲市歴史民俗博物館の2Fに永原御殿の復元模型がありますので一見してもよいでしょう。本丸内部は土塁と側面に沿ってよく整備されています。中心部分は竹藪がすごくて入り込めません。本丸の西の端真ん中辺りに御亭(おちん)跡があって、土台と石列がきれいに残っており見応えあります。北に徒歩10分程にある浄専寺に移築門が残されています。
城の位置も中山道のすぐそばにあり、なるほどの立地で行ったことのある岐阜県大垣市の御茶屋屋敷と繋がる。東海道の水口城(家光が1回利用)もあるので将軍超贅沢、上洛時は主に中山道を主に利用していたのかな?
<満足度>◆◆◇
<周辺観光>北に徒歩5分程の所に妓王・妓女屋敷跡があります。現地説明板によると、妓王・妓女は平安時代後期の姉妹で橘次郎持長の娘、乱で両親を亡くし京にでて白拍子になり平清盛の寵愛を受けます。清盛に望みを聞かれ故郷の人々が水不足で苦しんでいるので水路を引いて欲しいとの願いが聞き入れられて野洲川から水路を引いてもらえて米どころとなります。妓王寺は門が閉じられていました。
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