にいやじんや

新谷陣屋

愛媛県大洲市

別名 : 新谷藩陣屋
旧国名 : 伊予

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麟鳳閣側面
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昌官忠

2022夏の青春18キップ遠征5日目:新谷陣屋 (2022/07/24 訪問)

大洲城からの転戦です。麟鳳閣入口付近(33.539315、132.598758)に駐車しました。

1641年(寛永18年)加藤直泰によって築かれました。
新谷藩初代加藤直泰は初代大洲藩主加藤貞泰の次男で、1623年(元和9年)貞泰が没したとき、大洲藩領60,000石のうち10,000石を次男直泰に分知することとなりました。
しかし、兄である大洲藩二代泰興がこれを認めず、しばらくは紛争が続きましたが、1639年(寛永16年)に和解が成立し喜多郡新谷の地に陣屋を構えました。
その後、新谷藩加藤氏は泰觚、泰貫、泰広、泰宦、泰賢、泰儔、泰理、泰令と九代続いて明治に至ります。

新谷陣屋は現在の新谷小学校の地に築かれています。
最大の見所が麟鳳閣です。この建物は1868年(慶応4年)の建築で藩の評議所や謁見所として利用されたようです。
新谷保育所にある「上に時計台がある陣屋風の建物」は見学し忘れました。残念です。
攻城時間は10分くらいでした。次の攻城先=曽根城に向かいます。

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todo94

麟鳳閣 (2021/12/11 訪問)

新谷小学校校門に城址碑と説明板がありますが、グラウンドをぐるっとまわる舗装路を進んでいくと現存建築物の麟鳳閣にたどり着けます。公道のように見える舗装路も体育倉庫の前を通りますので学校の敷地内かもしれませんが、麟鳳閣は校舎に接していますので、登校日には訪れにくいかと思います。

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トーダイ

歴史を感じさせてくれます (2019/08/03 訪問)

新谷藩は、寛永16(1639)年に大洲藩初代藩士加藤貞興の遺領6万石のうち
1万石の内分をうけた二男の直泰が、寛永19年に在所を大洲城から約8km
離れた新谷の地に定め、以降廃藩置県まで9代230年にわたって存続した。

麟鳳閣は慶応4(1868)年の建築、新谷藩の評議所・謁見所として使用された
当時の陣屋をしのぶ建物として残っています。(案内板より)

残念ながら麟鳳閣は修理中でしたが、歴史を感じさせてくれます。

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オダリン

現存御殿 (2005/10/15 訪問)

陣屋跡は小学校の敷地になっており陣屋の御殿であった麟鳳閣が残っている。

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城郭情報

分類・構造 陣屋
天守構造 なし
築城主 加藤直泰
築城年 寛永18年(1641)
主な城主 加藤氏
遺構 曲輪、石垣、麟鳳閣
指定文化財 市史跡(新谷藩陣屋跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 愛媛県大洲市新谷町190
問い合わせ先 大洲市文化スポーツ課
問い合わせ先電話番号 0893-57-9993