南谷・復元の土塀と門編の続きです。
白山平泉寺城へたどり着くまでに数拾年掛かりましたが、今思えばそれまでに近くの一乗谷城、越前大野城、勝山城、村岡山城(ムロコヤマジョウ)、勝山城博物館と探訪しておきながら、イオさんの投稿写真で一瞬ハット気付く、勝山城博物館の北側の道を東に2km程進んだ所だったのですね、近くに行きながら気づかない。疑問もやもやがはっきりして有難い。
白山信仰の最初の拠点で中世の宗教都市、城郭都市、武装集団と歴史が綾成って居ます、発掘調査されて一部復元、まだまだ発掘調査が続く事でしょう、坊院跡も全体で6000箇所在るとか、世界遺産登録を狙ってるとか、白山信仰と中世宗教都市、武装都市として一乗谷城の中世城下町、城跡と合わせて登録なると良いですね!
さて、続きの探訪は、南谷発掘地の復元の門・土塀の区画を終えて、西へ進み四辻へ、そこの南北筋が中世の石畳として発掘調査の上石畳道が復元されて東側は坊院の石垣塀、石垣塁が若宮神社まで続いてる、石畳道の西側は横堀が若宮神社まで続いてる。横堀の西側も土塀が在ったそうです。
石畳道の東奥には杉林が林立してますが石垣などで区切られた坊院跡が曲輪が群がる様に在るそうで、石垣段の連なる様が垣間見られます。
壮大な広さです。皆さんも大野城、勝山城つながりで探訪されたら如何でしょうか?
(続きます、残存大杉を訪ねて編へ)
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