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宗春

千葉の城を攻めて御城印を頂こうシリーズその5 小金城 (2020/12/29 訪問)

千葉の城を攻めて御城印を頂こうシリーズその5
花輪城攻めの後、再び流鉄線に乗り小金城趾駅で下車して徒歩にて登城。某アプリの城郭を示す場所と遺構のある場所が離れているため、若干道に迷う σ(^_^;)

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じゅんじん

麒麟がくる登場 (2020/11/16 訪問)

麓が光秀の出生地だとか。12年ぶりに来たら銅像ができていました。オオスズメバチの兵隊も守備していました(;^ω^)。麒麟ブーム真っただ中で大河館もいきました。

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じゅんじん

秋の金山城(可児) (2020/11/16 訪問)

何度来てもいいお城。観光交流館では城めぐリンを購入🔔。ただ月曜日は山城ミュージアム休館日( ;∀;)

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じゅんじん

麒麟がくる登場 (2020/11/15 訪問)

織田信秀終焉の地です。空堀が残っています。城跡にある城山八幡宮はラジオCMも行うご利益のある?神社です。

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イオ

2020年マイベスト5城!

一年の締めくくりとして、今年もやります2020年マイベスト10城! …と言いたいところですが、コロナの影響でGWに予定していた山陰遠征(月山富田城・松江城・米子城)も秋の山城サミット(上田城と周辺の山城)にも行けず、昨年の半分ほどしか攻城できていませんので、こちらも半分のマイベスト5城とさせていただきます。

コロナ禍の2020年に私の印象に強く残った5城は…

第5位 大桑城
 没落して逃げ込んだだけの城ではなく、石垣を多用した本気の山城でした。城下も見どころ盛りだくさん。

第4位 松尾山城
 関ケ原を見下ろす陣城にとどまらない本格的な山城で、遺構が良好に残っていてびっくり。古戦場めぐりも楽しかったです。

第3位 明知城
 竪堀、横堀、堀切に切岸。山城の基本要素が詰め込まれていて、その防御効果を実感できる見応えのある城でした。

第2位 周山城
 山深い地に築かれた総石垣の巨城。土の城も兼ね備え、見応えで言えば文句なしに今年一番でした。

第1位 黒井城
 織豊期に改修された本城と戦国期の出丸と出城を併せ持ち、猪ノ口山系全体に防衛網を張りめぐらせた巨大山城。2年半越しの因縁もあって、やはり今年で最も印象に残っています。

今年は大河ドラマにあわせて明智光秀ゆかりの地(城)を中心にめぐってきましたが、まだ一乗谷や丹波亀山城、安土城にも勝龍寺城にも行けずにいますので、来年ももうしばらく麒麟がくる紀行が続きそうです。

では皆さま、来年こそは心置きなく城めぐりできることを祈念しつつ、よいお年を!
 

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昌官忠

東京都区内日帰り④ (2019/05/04 訪問)

「東京都区内日帰り」の4城目は稲付城です。滝野川城からの転戦です。
滝野川城からJR王子駅(徒歩10分ちょっと)に戻り、JR京浜東北線でJR赤羽駅に到着。そこから稲付城(静勝寺)を目指します。(徒歩5分くらいです)

稲付城は太田道灌によって、江戸城と岩槻城との中継地点として築かれた城だそうです。
現在は宅地化されていますが、当時は北西に亀ヶ池と呼ばれる沼地があったそうです。
城址は静勝寺となっており「都旧跡稲付城跡」と刻まれた石碑が石段右にあり、 石段を登ると静勝寺の山門があり、その手前に北区の説明板があります。
また毎月26日に「道灌の木像」が一般公開されています。

かっては空堀も残っていたようです。攻城日は4日なので、「道灌の木像」は見れませんでした。
攻城時間は10分くらいでした。

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昌官忠

東京都区内日帰り③ (2019/05/04 訪問)

「東京都区内日帰り」の3城目は滝野川城です。飛鳥山城からの転戦です。
飛鳥山城から徒歩で滝野川城(金剛寺)を目指します。(徒歩15分くらいです)

滝野川城は、戦国時代初期に豊島氏の庶流である滝野川氏が築城したとされている城郭で、豊島氏4代目と言われる豊島清光の居館だそうです。
築城間もない1477年(文明9年)に太田道灌に攻められ、滝野川氏は豊島氏とともに滅亡し廃城となったと考えられています。
現在、城址は金剛寺境内となっており、遺構は残っていません。
築城以前の1180年(治承4年)に源頼朝が布陣した「松橋」がこの地だとされており、金剛寺に案内板があります。

遺構は残っていませんが、歴史のある場所のようです。攻城時間は10分くらいでした。

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昌官忠

東京都区内日帰り② (2019/05/04 訪問)

「東京都区内日帰り」の2城目は城びと未登録の飛鳥山城です。平塚城からの転戦です。
平塚城からJR上中里駅に戻り、JR京浜東北線でJR王子駅に到着。そこから飛鳥山城(飛鳥山公園)を目指します。(徒歩2~3分くらいです)

飛鳥山城は武蔵の豪族、豊島氏の一族である滝野川氏よって築かれたとされる城です。
飛鳥山城の近くには滝野川城もあり、こちらもその名のとおり滝野川氏の居城であり、飛鳥山城は滝野川城の支城と考えられています。
豊島氏が太田道灌によって滅ぼされた際に飛鳥山城も攻略され、そのまま廃城となり、また滝野川氏も滅亡したと思われます。
その後、江戸時代に入り、8代将軍・徳川吉宗の時代に桜が植えられて以降、現在に至るまで桜の名所になっています。

城址は「飛鳥山公園」となっており、遺構は残っていません。
城跡としての碑などは全く用意されていませんが、飛鳥山の碑というものが設置されています。この碑は1737年(元文2年)に設置された歴史あるものだそうです。
またこの飛鳥山公園内には日本資本主義の父とされる渋沢栄一氏の別荘が残されていたり、古墳などがあります。

朝はやかった為、「紙の博物館」、「渋沢資料館」、「晩香蘆」全て閉館中で入れませんでしたが、渋沢庭園だけは時間前に開いていたので散策しました。
攻城時間は30分くらいでした。

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昌官忠

東京都区内日帰り① (2019/05/04 訪問)

「東京都区内日帰り」の1城目は平塚城です。
自宅の最寄り駅からJR上中里駅下車。そこから徒歩で平塚城(平塚神社)を目指します。(徒歩2~3分くらいです)

平塚城は平安時代に豊島近義が築城したと伝えられています。
室町時代中期頃に豊島氏は石神井城(東京都練馬区)を築いて本拠とし、練馬城・平塚城はその支城となりました。
1478年(文明10年)、江戸城の太田道灌に攻撃され石神井城を追われた豊島氏はこの城で再起を図りましたが、平塚城も落城して豊島一族は滅亡。平塚城もその後、使用されることなく廃城となりました。
現在城址には平塚神社があります。攻城時間は15分くらいでした。

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todo94

ねちねち (2020/12/12 訪問)

本当は高知行きを予定していたのですが新型コロナウイルス感染者数増大により急遽延期。この時期、感染が広がっていなかった新潟への日帰りドライブとしました。雨予報だったので早めの登城を心がけ、薄暗いうちから攻城開始。根小屋城だけの攻城にとどめましたが、城名のごとくねちねちと蛇のように続く登城路に蛇柱の伊黒さんを連想してしまいました。

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宗春

千葉の城を攻めて御城印を頂こうシリーズその4 花輪城 (2020/12/29 訪問)

千葉の城を攻めて御城印を頂こうシリーズその4
流山鉄道流山駅で御城印を購入し、徒歩で花輪城に登城。
本当は流山駅前からバスに乗る予定だったが、定刻を10分過ぎてもバスが来ないので、歩く事に。半分ほど歩いたところでバスに追い抜かれると言う、あるあるなパターンでした。
城址は、もうちょいと整備してほしいかな。

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宗春

千葉の城を攻めて御城印を頂こうシリーズその3 佐倉城 (2020/12/27 訪問)

千葉の城を攻めて御城印を頂こうシリーズその3
佐倉城に来たのは2回目ですが、前回はスタンプのみでしたので、実質初登城です。
御城印を京成佐倉駅前の佐倉市観光協会で購入しようと思ったのですが売り切れ。と言うことで、徒歩で登城、その後JR佐倉駅の観光情報センターまで歩きました。

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小城小次郎

土塁があることには間違いない (2020/11/08 訪問)

高松藩の下屋敷や旧日本軍の火薬庫だったことを思えば、今残る土塁が中世の長者屋敷のそれであるはずはなかろうが、いい感じの土塁があることには間違いない。都心でゆっくり城を感じられる、数少ない場所なのだ。

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生太郎

世田谷城の支城群の1つ三宿城跡を探検 (2020/12/29 訪問)

目黒川河口部の湾曲した砂州に開かれた品川湊は、かつての東国の玄関口でありました。

そんな目黒川を遡って大山街道(国道246)を越えますと、烏山川と北沢川に分岐します。2つの川に挟まれた舌状台地上に三宿城はありました。

吉良氏の本拠地、世田谷城を守る支城群の1つだったと言われています。

今となっては多聞小学校となってしまい、遺構は何もありませんが、吉良氏と目黒川、品川湊との関係を妄想せずにはいられない立地にあります。

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いんげん丸虫

佐々木六角氏の隠れ城 (2020/11/22 訪問)

滋賀県指定史跡。よく整備されてます。北東尾根には八丈岩という落ちそうに見えるが落ちない巨石があり合格祈願の場所になってます。
城跡は穴太積みの石垣、矢穴跡を残した石、井戸など見所がたくさんあります。2郭、4郭の背後斜面には観音寺城をおもわせるような石段が広範囲にあるのですが、近代の治山跡だそうです。

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チェブ

武田騎馬隊の馬の餌。 (2020/12/26 訪問)

フルーツ王国の山梨県。
ブドウ狩りのシーズンなら、賑やかな甲州市の「勝沼氏館」です。
もちろん、ブドウ狩りは夏~秋なので超ソーシャルディスタンス可能です。

武田 信虎さんの弟の勝沼 信友さんの館です。
信虎さんは武田 信玄さんのお父さんだから、叔父さんですね。
北条 氏綱さんとの戦いで討死し、息子の信元さんが継ぎました。
しかーし、信玄さんに謀反を疑われ殺害されました。信元さん、いとこですよね。
厳しい時代です。

「勝沼氏館」は駐車場があるそうですが、見つからず日川の祝橋の手前に路駐しました。
「勝沼氏館」は日川の断崖の上にあります。
写真⑩が路駐した所から川を写しました。高い場所です。
とても整備が行き届いた「勝沼氏館」。説明板も親切です。あまり他の館で見ない(単に見逃してるだけ?)半地下蔵がありました。馬の餌の保管場所とあります。
武田騎馬隊、馬の強さは餌か?
なんて餌の種類の心配。
工房等あり、戦より生活感を想像できました。
土塁には枝垂れ桜でしょうか、春になったらお花見できそうな感じです。

シーズンオフなのでブドウ棚がスカスカで、運転するのに見通しが良かったです。
意外に甲州市のブドウの歴史は古く、1186年には記録があるそうです。
んんっ!馬も食べたのかな、ブドウ、、、。

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井伊氏の支城 (2020/12/29 訪問)

 井伊氏の支城です。五体力神社の参道より登城しました。神社の右側に城址への道があります。「おいだいら」が正式な読み方らしく地元の方に教えていただきました。案内板にも「おいだいら」と書いてありました。出丸を越えるまではシダ類に道が被われ足下も結構悪路ですが、その後は草木に悩まされることなく歩きやすい道となります。東西南北に曲輪が展開していてわかりやすい縄張りです。見どころは堀切で東曲輪と西曲輪へ行く途中から北西にある堀切は見ごたえがあります。北側にもあるようですが、急坂で足元も石がごろごろしていましたので近くには行っていません。城址には案内表示らしきものが各所に立っていますが、消えてしまっていてほとんど読めません。読めたのは「東曲輪」だけでした。
「はままつフルーツパーク」あるいは新東名高速道路浜松サービスエリア北側にあり、浜北三ケ日線の道路北側に駐車スペースと案内板があります。バスは毎日走っておらず本数も少ないようです。天竜浜名湖鉄道「宮口駅」もしくは「フルーツパーク駅」から歩くと30分以上かかると思います。

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たつのり

100 (2017/04/27 訪問)

最強、最大級、世界遺産。
別名:白鷺城というだけあって、とても白いのが印象的です。
そして、現存天守だということを忘れさせるくらい、メンテナンスも行き届いていて、全然古臭くはありません。
どこかで見たことある風景が出てきますが、これは時代劇の江戸城は実は姫路城でロケしているからなんだそうです。

やはり史上最強の城だと思います。

何度か訪れていますが、秋は敷地の横に併設された庭園に見事な紅葉が見れます。まるで京都に来たかのようで、こちらも素晴らしいです。

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たつのり

61 (2015/10/25 訪問)

千葉県立公園内にあるという不思議な城です。
住所的には千葉県野田市となっていますが、ちょっと違和感があり、地図で見ると埼玉県、茨城県とも隣接しているような微妙な場所にあります。
公園は人もいない単なる河川敷ですが、カメの置物(オブジェ?)もあり、城とのコントラストが微妙に良い味出しています。

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じゅんじん

のぼうの城 (2020/11/09 訪問)

足袋の町でもあるんですね。資料館のおばちゃんからいろんなお話が聞けました。

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