高土塁の角部分-3/4の続きです。
高土塁を外から眺め観察し、散策路を廻りますと周囲の水堀も同じく観察探訪、周辺の遊歩道・散策路がよく整備されています、南東側には水堀上に木橋が遊歩道状に架かって風情があります。
4編に渡ってご覧頂きありがとうございます。
夕陽も傾き孫の運動会後の祝いの夕食にも十分間に合いました。
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2024/11/20 10:30
2024/11/20 10:10
2024/11/20 09:50
本郭内部と高土塁-2/4 (2024/11/09 訪問)
虎口の続きです。
南虎口から入り北西に大きな欅が夕陽で紅葉が輝いて居る、本郭内部規模は東西約50~60m、南北約60~70m程でしょうか?、周囲の堀を入れると東西約100m程、南北120m程あるようです。本郭に入り北の高土塁、東の高土塁、西の高土塁を眺めて、北高土塁上より南高土塁・南虎口を望み、東高土塁上より西高土塁を望む。
本郭内部南東に屋根掛けの井戸が有る「上三川七水・銀名水」と札が掛って居る。
再度帰り際に南虎口から東、西、北の高土塁を眺め記憶にとどめる。
高土塁の角部分-3/4に続く。
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2024/11/19 11:47
虎口‐1/4 (2024/11/09 訪問)
宇都宮城に次いで陽も有り南に上三川街道を約14km程に在る上三川城へ平成28年4月以来8年振りの登城をしました。
駐車場:上三川城址公園駐車場南側約6~8台、トイレ完備
参考資料:グーグルマップに依る。
上三川城本郭は現在上三川城址公園として整備されて市民の憩いの場と成っています、整備に疑問を呈していらっしゃる方々もいらっしゃりますが私はこれはこれで良いので可と思っています。
歴史は案内板によると、建長元年(1249年)宇都宮氏の一族である横田越中守頼業が築いた以来慶長2年(1597年)に芳賀高武に攻められて落城、348年間続いた城です。
また規模は東西400~500m、南北1000mの範囲に群郭式の広大な構えで本郭が現存しています。
駐車場から案内板、トイレ横を通り南虎口、土橋、南虎口は左右模擬石垣で立派に構えています、南手前には水堀、東側には水堀上に周辺散策路の木橋が掛っています、周囲は高土塁が囲み外側には水堀が廻っており方形の郭です、虎口は、南側、東側、西側に三ヶ所、外周には散策路が廻らされています。周囲は北に幼稚園、住宅街に囲まれています、土塁上には樹木、桜が植栽されて春、夏、秋と木々の潤いが整備されています。
当日は子供たちが遊び、大人もスポーツ遊戯を楽しまれていました。
沢山撮りましたので4編に分けて投稿致します、第1編は虎口で纏めました。
本郭内部と高土塁-2/4に続く。
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分類・構造 | 平城 |
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築城主 | 横田頼業 |
築城年 | 建長元年(1249) |
主な城主 | 横田氏、今泉氏 |
廃城年 | 慶長2年(1597) |
遺構 | 曲輪、土塁、横堀(水堀) |
再建造物 | 石碑、説明板 |
住所 | 栃木県河内郡上三川町上三川(上三川城址公園) |
問い合わせ先 | 上三川町教育委員会事務局生涯学習課 |
問い合わせ先電話番号 | 0285-56-9159 |