飛山城の続きです。7つの郭で構成されているとされ、北西部の4~5つの郭が主郭という扱いになるようです。最も広くて、建物跡が多い曲輪4が主郭の中でも主要な部分になるのでしょうか。主郭が郭で仕切られているので、実際は異なる郭のように見えます。
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2025/01/24 18:39
2025/01/23 20:54
半地下 (2024/09/18 訪問)
早雲さんを散策に出したら景勝さんを連れてきて急速に石高が足りなくなりました・・いえ、こっちの話。
飛山城の続きです。大手は東側に付いていて、堀と土塁が二重になっています。いずれも大規模なもので、中世の戦国城郭がこの規模で再現されているのは感動ものです。二つ目の堀を渡ると門があります。この門、4日前に夜襲に来たときには閉まっていましたが、この日は開いています。北と南を4号堀が仕切っていて、まずは南側を散策すると半地下の建物があります。この建物、以前訪問した時には中に入れた気がするのですが入ることは出来ません。記憶違いかな?
4号堀を越えて北にいくと曲輪4にたどり着きます。ここには掘立柱建物が再現されていました。
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2025/01/20 20:21
良く整備された、見ごたえのある城址 (2024/09/18 訪問)
飛山城は鬼怒川の東岸の丘陵上に築かれた天然の要害の城です。大手は東側についていて、枡形と門を通過して城址に入ります。城址は史跡公園として良く整備されていて空堀や土塁が再現(もしくは残存)されています。
4号堀が中央を東西に走り、城址を南北に仕切っています。北側が主要な郭群のようで、堀切で5つの郭に仕切られています。西側は鬼怒川に守られ、南と東を二重の堀と土塁で防御し、北側は切岸になっている防御の堅い城です。
鎌倉時代に芳賀高俊によって築かれ、堀や土塁などの遺構は戦国期のもののようです。
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2024/11/23 10:56
3号堀・1号堀と全般-7/7 (2024/11/10 訪問)
2号堀そのⅡ-6/7の続きです。
3号堀と1号堀は2号堀に囲まれた北西に曲輪Ⅱ、曲輪Ⅰと存在していますが、堀の存在は6号堀、5号堀、4号堀、2号堀の復元遺構に比べて発掘調査した後踏め戻したか堀が浅かったのか分かりませんが見ずらい状態です、3号堀は解説板が有り堀跡が何となくわかる状態、1号堀はほんとに何となくわかる状態です、本丸機能の曲輪Ⅰ、曲輪Ⅱは鬼怒川の北端西端が河川の洪水激流で削られたために狭く成ったのでしょうか?少し寂しい状態です。
この後は西側の鬼怒川崖より宇都宮LRTを鬼怒川コンクリート架橋を走る写真を撮りたくて時間待ち、その間に巡回ボランティア説明員の方を会話、飛山城から見える富士山の写真を見せて頂きました、紅葉の状態、6号堀の草刈ボランティアの話など聞かせて頂きました。説明員方に感謝申し上げます。
もちろん1/7編で投稿したように鬼怒川コンクリート架橋を走行するLRT写真撮影し遠望しました。
最初に訪ねた、とびやま歴史体験館の飛山城立体模型と「よみがえる丘の上の城郭・飛山城」解説板も写真投稿致します。
当初トップに掲載の2号堀と解説板写真が写真コメント記載中に飛んでしまいましたので最後に掲載いたします。
長々と飛山城7編をご覧頂きありがとうございました。
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分類・構造 | 平山城 |
---|---|
築城主 | 芳賀高俊 |
築城年 | 永仁年間(1293〜1298) |
主な城主 | 芳賀氏 |
廃城年 | 天正18年(1590) |
遺構 | 曲輪、土塁、横堀(空堀) |
指定文化財 | 国史跡(飛山城跡) |
再建造物 | 塀重門、竪穴建物、木橋、土橋、石碑、説明板 |
住所 | 栃木県宇都宮市竹下町380-1 |
問い合わせ先 | 宇都宮市教育委員会事務局文化課 |
問い合わせ先電話番号 | 028-632-2767 |