みながわじょう

皆川城

栃木県栃木市

別名 : 法螺貝城
旧国名 : 下野

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じゅんじん

眺めよし (2020/03/01 訪問)

東北道から何度か見たことがあり気になっていました。パンフレットがあり半分は切り開かれ堀がよくわかります。ゴルフ場がある裏は・・・遺構がたくさん。意外な発見でした。

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カズサン

東北道から良く見える法螺貝城郭 (2016/03/01 訪問)

 唐沢山城を終えて地道経由皆川公民館へ元小学校跡の様で沢山の車が停められます。
 
 公民館の在る敷地が元館跡で南面と西面に堀と土塁が在る、公民館裏から登城する梅の咲いてる季節で梅の花を見ながら螺旋状の登城路、曲輪を見ながら裏手の本丸登城路より登壇、下からの眺め、上から各曲輪、館跡を見下ろし眺望は素晴らしいが風が吹くと杉林から黄色い花粉が舞い上がる様子が見えて余計花粉症の症状を悪化させる。
 下城して館跡の土塁と堀を探訪して公民館に寄り皆川城の資料を頂き館内に在る資料室を案内頂いた、ありがとうございました。

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チェブ

法螺貝の頂上に鯉のぼり。 (2019/05/03 訪問)

栃木県の「皆川城」に行きました。
皆川氏が築城します。
戦国時代、城主 皆川 広照さんは主君をコロコロ変えました。
関東入りした織田 信長さんに誼を通じ、滝川 一益さんの配下になります。
本能寺の変後は北条家へ。
秀吉さんの北条征伐中に小田原城を脱出します。
家康さんに泣きついて、助かります。
秀吉さんからも所領を安堵されます。
この時「皆川城」上杉 景勝さんにやっつけられてます。
だいたい、こんな感じですが、他にもちょいちょい主君浮気してます。
「皆川城」はデーンと立派な山城です。
よれよれの横長説明板を読み終わり、「皆川城」に目をスライドさせると大きな竪堀が見えます。
では城攻めです。
頂上まで整備された道が続いていました。
中腹には井戸跡や土塁があります。
どのように歩いたか説明できないのですが、大きな掘もありました。
高い頂上には鯉のぼりが泳いでました。
車で「皆川城」に行ったのですが、遠くから鯉のぼりが見えていて目印になりました。
「皆川城」の広照さんの権力の強さを確認できた気がします。
一族を守る為に主君を変えていったと思いたいです。

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にのまる

平成城納めの日の1個目 (2019/04/21 訪問)

法螺貝城の異名を持つ皆川城ですが、階段が設置してあり、ループしながら登って行くわけではありませんでした。
桜と躑躅が咲き誇る美しい公園で、竪堀や横堀が復元されています。
桜の木が奥の方まで立ち並んでいたので写真撮ろうかなと思って行ってみると、その先に化粧っ気のないスッピン地肌丸出しの道が現れましたΣ('◉⌓◉’)
見慣れたいつもの山城の景色です。法螺貝の道がそのまま残ってる?
ちょっとだけ怖っと思うところもあったけれど進んで行くと、見事な横堀と竪堀その他うねうねに囲まれました♪
すごいなぁと思いながら竪堀を見上げると、そこには階段が!
…怖い思いをしなくても本丸から階段で降りてくることができたのでしたΣ(-᷅_-᷄๑)
整備された面と自然のまま残された面の2つの顔を楽しめる、一粒で二度美味しい(昭和か^^;)城址でした。

栃木駅からふれあいバス皆川樋ノ口線で皆川郵便局下車すぐです。行きのバスの運転士さんに見どころ情報を教えていただきました。帰りのバスも同じ方だったので見学の報告しました( ̄^ ̄)ゞ

GW前半は実家に帰りました。九州山口(←まとめてこう言われることが多い)のどこかのお城に行くつもりだったのですが、悪天候でどこにも行けず、平成を10日も残したこの日が城納めとなりました。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 皆川秀光
築城年 応永元年(1394)
主な城主 皆川氏
廃城年 天正19年(1591)
遺構 曲輪、帯曲輪、土塁、横堀(空堀)、虎口
指定文化財 市史跡
再建造物 石碑、説明板
住所 栃木県栃木市皆川城内町
問い合わせ先 栃木市観光協会
問い合わせ先電話番号 0282-25-2356