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駿府城

静岡 御城印・魚朱印巡りを開催しています!

10月1日(土)から駿府城公園とスマートアクアリウム静岡(静岡市葵区)とのタイアップ企画として、「静岡 御城印・魚朱印巡り」を開催しています。開催期間は11月30日(水)までで、開催期間中に御城印と魚朱印を両方集めた方には、オリジナルコラボ缶バッチをプレゼントしています。
 
ぜひこの機会に両施設を巡って、オリジナルコラボ缶バッチをゲットしてみてください♪
詳細は下記URLをご覧ください。
https://sumpu-castlepark.com/info/archives/2099

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カズサン

本丸門・枡形と天守台・石垣台 (2022/10/24 訪問)

 二之丸庭園を長年待って充分鑑賞後、本丸跡も9時から開城して居ますので、内部と周辺を探訪しました。
 
 本丸の本丸門・枡形は平成8年に再建復元されて平成11年の大河ドラマ「元禄繚乱」主演は亡き中村勘九郎に赤穂城本丸門、枡形、櫓門が使用され映し出されました、勘九郎の演技が今も残って居ます。
 厩口門も平成13年に復元、本丸庭園と共に復元整備さらて良き景観を保っています、最初の登城はまだ赤穂高校が本丸跡二の丸跡に建っていた頃です、赤穂高校が赤穂城跡国史指定以後昭和56年移転し発掘調査整備と少しずつ整備復元し40数年、現在も二の丸門跡、三の丸西中門跡、三の丸の復元整備が発掘調査と並行して進められています、大変な努力に敬意を表し、城好きとして感謝です!

 本丸探訪は本丸門、一の門高麗門、枡形内部、雁木、渡櫓門、天守台、本丸西の横矢枡形台、南の大型横矢桝形台、本丸南側の刎橋跡石垣をサラッと一巡しました。

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カズサン

二之丸庭園初鑑賞 (2022/10/24 訪問)

 日の出を待って赤穂城の早朝散歩の後、ホテルで朝食、身支度し二の丸庭園の開場時間9時までスタンバイ、朝9時前に歴史博物館の駐車場に車を駐めて、清水門から入ろうとするが大きくなった柳の木を重機を入れて伐採作業中で通行できず、大手門に回り二の丸庭園に、早朝は閉まっていた大石頼母助屋敷門は開いている、早速入場、赤穂高校が移転して本丸整備が先行、二の丸庭園は復元整備は平成10年~13年全面発掘調査、池泉遺構の発見整備、平成22年に二之丸庭園・西仕切り門再建、平成28年に二之丸庭園の部分公開。
 その間気にしながら赤穂城を訪ねては二之丸庭園の公開を待って居ました、前回の登城は平成23年の5月と7月その時は未公開でしたので今回の登城が初見学と成りました、拾数年待った初見学です。

 大石頼母助屋敷門から入り、北側の石垣裏の土塁と腰巻石垣、北隅櫓台を頼母助屋敷跡から眺める、庭園は北東部の上流部には玉石が敷かれた浅い池、上水が噴出する様な仕組み、脇に東屋、下流部は大小の島が有り北側にもう一つの東屋、大きい島には木橋が東と西に架かり、西の橋は西中門に続いてる、西中門跡は石垣工事中で整備の最中、西中門跡の船溜まりに舟倉が有る、舟遊びして居たのかな?南側には西仕切り土塀と中間に西仕切り門が再建さらている。
 芝草も刈られて綺麗に整備されて居る、東屋二軒、傘型東屋一軒、木橋が二つ、舟倉、東屋の屋根は再建されて十年以上立って居り風化が風情を醸してる。
 待ちに待った二之丸庭園初鑑賞でした、整備はまだまだ続くそうです。
 

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時代行列参加者を募集中!

1月9日(月・祝)に福山城築城400年記念時代行列・福山とんど祭りを開催します。
福山城400年博のフィナーレとして福山城にゆかりのある藩主や武将,ゆかりの先人の時代行列を当時の衣装で再現し,福山の城下町を練り歩きます。

募集期間 11月1日(火)~11月30日(水)必着
参加結果 行列参加への結果は、12月13日(火)までにご連絡します。


《時代行列概要》
開催月日:2023年1月9日(月・祝)
行列開催時間 :〈出発〉13時00分~〈到着〉14時00分 ※予定
行列コース:〈出発〉中央公園~ひさまつどおり~宮通り~JOYふなまち~本通~〈到着〉福山駅北口スクエア(予定)
行列距離:約1.8 ㎞


《時代行列一般参加募集要項》
集合時間 9時30分集合 〈集合場所〉まなびの館ローズコム
従事時間 9時30分~16時00分頃 ※予定
参加費用 10,000円(弁当付き)
募集人数 50名 ※応募者多数の場合は抽選とします。
募集条件
●中学生以上で健康で上記1.8㎞のコースを歩ける方。
●男女・国籍を問いません。
●未成年の方は保護者の署名が必要です。
●12月24日(土)の参加者説明会に参加できる方。
●役割について事務局に一任いただける方。
●当日の行列関わる写真、映像について福山市が使用することに承諾いただける方。
応募方法
■参加申込書を郵送・FAX・公式ホームページ参加申込フォームの応募
申込フォームはこちら→https://fukuyama400.jp/event/2022063275
FAX→084-944-5516

注意事項
●時代衣装の持込はできませんが、当日は衣装の下の肌着等での寒さ対策をお願いします。
●主催者や関係者に対する不適切な言葉や行列の円滑な進行を妨げる言動があった場合は、参加を取りやめていただくことがあります。
●詳細は12月24日(土)の参加説明会でご案内します。
▶応募先 〒720-0043 福山市船町6-20 4F 株式会社夢絆社中 福山城400年記念時代行列事務局
問い合せ 上記事務局 TEL:084-944-5517

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イオ

山崎の戦い (2022/10/02 訪問)

山崎の戦いは、本能寺で織田信長を討った明智光秀軍と中国大返しで備中高松城から引き返してきた羽柴秀吉軍とが激突した合戦で、「天下分け目の天王山」と云われるように、日露戦争の203高地さながらに天王山をめぐって激しい争奪戦が展開された…ようなイメージがあり、実際、天王山のハイキングコースには山崎合戦之地の石碑や説明板が建てられていたり、秀吉が馬印を掲げたと伝わる旗立松があったりするなど、まるで天王山が主戦場であるかのようですが、天王山はせいぜい前哨戦の地であって、主戦場はあくまで東麓の湿地帯だったようです。とはいえ、旗立松あたりからは主戦場がよく見渡せ、やはり羽柴軍にとって天王山を確保する意味は大きかったんだろうとは思いますが。

さて、天王山を下山して東麓の主戦場へ。両軍が対峙した円明寺川(現 小泉川)を渡った天王山夢ほたる公園には山崎合戦古戦場の石碑と説明板が建てられており、公園からは天王山がすぐ近くに見えます。このあたりで激戦が繰り広げられたんでしょうけど、子供たちの遊ぶ穏やかな公園からは往時の様子は窺えません。ただ、公園南端には「ここが、天王山」の文字と光秀と秀吉のイラストが描かれた自販機が設置され、やはり山崎合戦の地で間違いないようです。

天王山、秀吉本陣(宝積寺)、主戦場とくれば、次は光秀本陣とされる恵解山古墳(と境野一号墳)に向かう……その道中にサントリー京都ビール工場がありました。主戦場と光秀本陣の間にあるということは、ここも戦場だったと思われます。この日はもう10月だというのに30度を超える真夏日で、「とりあえずビール」どころか「徹頭徹尾ビール」という大のビール党としては工場見学(そしてプレミアムモルツの試飲!)に激しく心を揺さぶられましたが、午前中からビールなんか飲んでいたらその後の予定が全てどうでもよくなってしまいそうなので、泣く泣くあきらめて素通りしました。…もっとも、日曜日に予約なしで急に訪れても見学はできなかったでしょうけどね。

# ちょうど昨日からニッポン城めぐりの合戦イベント「山崎の戦い」が始まっていますが、訪問は陣触れの前であり、そもそもは麒麟がくる紀行の一環として訪れただけでした。とはいえ、古戦場を歩いて位置関係を体感していると、やはり合戦イベントへの思い入れが増しますね。もちろん明智軍(明智光秀隊)で参戦しています。
 

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前ちゃん

館林市役所です (2022/11/07 訪問)

城沼はよかった

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前ちゃん

東武・佐野駅直結 (2022/11/07 訪問)

公園です。

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カズサン

赤穂城早朝散歩Ⅱ (2022/10/24 訪問)

 赤穂城早朝散歩Ⅰの続きです。

 三の丸大手門から枡形、枡形の鏡石為る大石を観察、大石内蔵助宅跡長屋門、近藤源八宅跡長屋門を通り、二の丸門跡の西側は石垣整備中、東側は発掘調査中かブルーシートを被ってる、二の丸庭園は開園まで門は閉まってる、本丸も開園まで門は閉まってる、門が閉まってる状態は初体験、二の丸北側の石垣は北隅櫓台と共に復元されてる、本丸内堀を北東隅櫓台、厩口門周辺、厩口門も開園まで門は閉まってる、二の丸東側、二の丸石垣の裏側は土塁仕上げ、刎橋門跡、南横矢枡形石垣台を眺め、再建米蔵、水手門跡、架橋を渡り、黒鳥も泳いでる、潮見櫓台から北側の東側石垣を加里屋川沿い歩き一番櫓台辺りから加里屋川に架かる橋を渡りホテルへ。
 早朝の清々しいワクワクドキドキの城郭散歩でした。
 約1時間の赤穂城早朝散歩し朝食へ、9時からの二の丸庭園、本丸開場までスタンバイ。
 

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カズサン

赤穂城早朝散歩Ⅰ (2022/10/24 訪問)

 備前・播磨未踏の城廻り+高松城復元桜御門見学の中間点宿泊として赤穂を選択し、リーズナブルな宿泊プランの有った赤穂ロイヤルホテルをチョイス、そこは赤穂城の東隣、夕方ホテルに到着し赤穂城の城塁が目に入りワクワク感と興奮状態。
 翌朝日の出を待って朝食前の1時間程赤穂城を早朝散歩、朝早く散歩、ジョギングされてる方もいらっしゃいました。
 散歩ルートは、ホテルより西の加里屋川を渡って歴史博物館、三の丸清水門跡、対面に二の丸北東櫓台が良く観える、三の丸を歩き、大石内蔵助宅跡長屋門、近藤源八宅跡長屋門の前を通って大手門桝形、大手門を潜り大手橋を渡り、東、北側より大手門、大手橋、大手隅櫓を眺める、まだ夜が明ける前の様で街灯もまだ灯ってる。
 前回の登城は11年前の平成23年5月と11月でした。
 
 続きに二の丸散歩を投稿します。
 

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朝田 辰兵衛

城址碑ありますョ。 (2022/11/03 訪問)

城びとポイントの北約300m,グーグルマップで「朝日城跡」と表示されている山の南西約300m地点に城址碑があります。国道294号線のクランク部分の中央部です。城址碑正面は東を向いております。
グーグルマップで「朝日城跡」と表示されている山ですが,進入できそうなポイントは見当たりませんでした。北側から北東側にかけてとても可能性を感じるのですが,冬枯れして道筋が見えればチャレンジしてもいいのかな…と思います。
歴史的には,築城者・築城年代ともに諸説あり,明らかになってません。ハッキリすれば,山城の整備にもつながっていくものと期待します。

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こげら

北ノ庄城址・柴田公園 (2022/11/07 訪問)

福井駅から徒歩数分、柴田勝家が築造した北ノ庄城の一部が柴田公園として復元されています。

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たっかー

紅葉のお城 (2022/10/30 訪問)

紅葉🍁も美しい。

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たっかー

紅葉のお城 (2022/10/30 訪問)

紅葉🍁も美しい。

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こげら

福井城、今は県庁。 (2022/11/07 訪問)

福井城址は、今は県庁になってますが、お掘や石垣などよくその遺構を残しています。

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たっかー

ナビで訪問いきなり本丸へ案内 (2022/11/05 訪問)

麓に行くつもりがいきなり本丸の駐車へ行ってしまった。
足の悪い方でも本丸まで行けました。

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こげら

秋の丸岡城 (2022/12/07 訪問)

コロナ禍で休止状態だった城巡り。2年ぶりに再開しました。
まずは、現存12天守で唯一攻城出来なかった丸岡城からです。
望楼型天守の古式な姿と野づら積みの石垣が秋空に映えています。

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たっかー

お土産 (2022/11/06 訪問)

栗の産地で栗関係のお土産が多かったです。

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いんげん丸虫

岩井城 長野県中野市 (2022/10/29 訪問)

標高545mの山城です。上杉方の岩井氏の築城のようで、その後武田方の手も
加えられたようですね。3つの曲輪があり堀切で遮断され、二曲輪には横堀も
巡っています。藪がひどく、地形が見ずらく特に写真での表現は難しいですね。
北西の堀切が2重竪堀となる箇所は藪もなく、良く残っていて感動します。
縄張りはしっかりとしていて面白いと思います。
ほとんど使用されてない林道を藪で側面をすりつつ、湾曲した杉枝切れ端で車底を
叩きながら近くまで行き、先人達のHPや自分の感で藪を進んでいきます。

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AJ

徳川紀行~佃煮と伊賀越え~ (2017/05/28 訪問)

国民食となって久しい佃煮。元は家康が摂津・佃村から江戸に呼び寄せた漁師たちの保存食だったとのこと。ところで、そもそもなぜ技術指導に招かれたのが彼らだったのか。その背景に家康の伊賀越えがあるというのですが、本当でしょうか。

本能寺の変(1582)勃発後、堺から三河への逃避行の際、家康一行が佃村の神崎川を渡れず立ち往生していると、地元の漁師が船を用立ててくれたという話。まさに九死に一生スペシャルですが、摂津から分霊された東京・佃の住吉神社の由来には書かれていません。どうやら諸説あるようです。ちなみに由来書には家康が天正年間に摂津・多田神社に参詣した際に漁夫らが渡船を務めたとだけ書かれています。

伊賀越えは「苦労人・家康」にとって最大の苦労話のひとつ。関係者も多いため、真相と拡大解釈の境が見えにくいのかもしれませんね。一方で、佃煮のヒットは歴史的事実。とにかく日持ちするというのが売りで、参勤交代の大名にも重宝されたことから、一気に全国に普及したそうです。

さて、現在の佃(東京都中央区)はというと、高層マンションに威圧されながらも、その足下には当時の雰囲気がしっかり漂っています。鎮守の住吉神社も地元のみならず海運業者からの信仰が厚いようです。

一方、隣接する石川島は幕臣・石川氏が代々居住。あの鬼平(長谷川平蔵)が犯罪者の更生施設「人足寄場」を設置したことでも有名ですね。ちなみに平蔵、予算増額が認められず幕府の資金を投機で増やしたというエピソードが残る規格外の御仁。それが原因かどうかはわかりませんが、松平定信との折り合いはあまり良くなかったとのこと。

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城好きのメガネ

「丹波亀山城」 (2020/04/06 訪問)

<オススメ>★★★★☆
丹波亀山城は、丹波攻めの際に明智光秀が築城したとされる。丹波平定後も重要な拠点となったが、本能寺の変後は廃城となる。その後、天下を統一した豊臣秀吉の重要拠点として一門の羽柴秀勝、小早川秀秋、前田玄以などが治める。関ヶ原の戦い後は、徳川譜代大名である岡部長盛が入封する。藤堂高虎が縄張りをつとめ、西国大名を動員して天下普請を行う。本丸には5重の天守が建てられた。領主は頻繁に変わり、丹波篠山から松平氏が入り、幕末まで治める。戊辰戦争では新政府の山陰鎮撫使に降伏し、廃城となる。現在、石垣等が遺されている。
※現在、城址は宗教施設となっている。大本本部みろく会館総合受付にて大本神苑拝観券の購入が必要(高校生以上300円)。見学可能時間は、午前9時30分~午後4時00分。天守台があった場所は神域となっており、立ち入りおよび撮影禁止。見学の際は注意が必要である。

<アクセス>
Jr亀岡駅 徒歩10分

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