飛山城の外堀・6号堀は櫓台4から北側の櫓台5の間が発掘調査の上復元されて、6号堀、土塁、大手虎口、大手橋、櫓台4、櫓台5が復元整備されて居ます、この空間が飛山城のシンボル的写真等でよく紹介されて居ます。
さくら市の勝山城を充分堪能し、直線で13~14km程を南下、同じく鬼怒川沿い東岸の飛山城2度目の登城を致しました。
生憎月曜日でとびやま歴史体験館は休館、前の駐車場も門扉は閉まってる、仕方なく導入路の路肩に路駐しました。休館日でも駐車場とトイレは使用出来る様にして頂きたい。
大手木橋を渡る前に外堀・6号堀をじっくり探訪、櫓台4辺りから北辺櫓台5に掛けて眺める、6号堀の北は鬼怒川の北崖に落ち込んで居たようです、大手木橋を横から眺めて、渡り6号堀と5号堀の間の長い長い帯曲輪を北へ鬼怒川を眺めて、櫓台5に登ってみる、更に見晴らしが良い、櫓台5は土塁登りが出来るようでロープが備わってる、飛山城跡の案内縄張図では外堀・6号堀沿いには櫓台が約100m間隔で5基備わっていた模様、その内2基が櫓台4、櫓台5として復元された。
飛山城は歴史は古く、旧石器時代、縄文時代、弥生時代、古墳時代との複合遺構が有り、鎌倉時代永仁年間(1293~98年)芳賀高俊が飛山城を築いたと伝えられてる、南北朝、戦国期の激動時、宇都宮氏の傘下で活躍する、小田原征伐後の秀吉仕置きで飛山城は廃城となった様でです。(飛山城跡-宇都宮市教育委員会2015年2月第2刷より抜粋)
写真は外堀・6号堀、櫓台、土塁、木橋、大手虎口を投稿します。
内堀・5号堀の内側散策に続きます。
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