くろばねじょう

黒羽城

栃木県大田原市

別名 : 九鶴城、(黒羽陣屋)
旧国名 : 下野

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本丸空堀
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城とら

大関氏のお城 (2005/10/12 訪問)

戦国時代に那須氏の重臣大関氏によって築城されたお城です。
小田原征伐に参陣し所領安堵され関ヶ原の戦いでは東軍に与して
幕末まで大関氏が城主を務めた。
石垣はないですが土塁堀切曲輪がよく残っています。
 

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ホトトギス

黒羽城址公園 (2018/09/28 訪問)

黒羽体育館の南側。山に分け入るように自動車で登れる。

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カズサン

本丸高土塁と可愛い櫓風展望台 (2016/03/02 訪問)

 栃木県北部の城、大田原城を終えてもう一つの黒羽城を目指す、大田原城より西に進行し那珂川を渡り国道461号線をナビ指示の進入路が余にも狭く、過ぎて仕舞い黒羽城の西に向かう道が中々無く大幅に北に登り北城に在る体育館の北側から黒羽城専用駐車場に停める。

 黒羽城初登城、専用駐車場から直ぐに在る登城路第一枡形虎口を通り横堀を橋で渡り本丸大手枡形虎口、本丸内部に入り高土塁と土塁上に建つ櫓風展望台が直ぐ目に入る、南側土塁から土塁上に登り周遊、櫓風展望台に昇り展望、本丸内部と西側の那珂川素晴らしい景観です、本丸南側の堀切、堀切に架かる橋を渡り三の丸手前の高櫓台風の東西に長い郭を通り階段で南の堀を渡り三の丸の暗り門風の石垣間に頭上廊下が架かってる、三の丸内部に芭蕉の館に成ってる、芭蕉と曽良の像が館前に立ってる。
 北に二の丸エリア、体育館に成ってる。
 本丸の高土塁、南の幅広く深い堀切、那珂川河岸段丘の利用素晴らしい造りです。

 大関氏が築城して小田和合戦に参陣し1万石に息子に3千石合わせて1万三千石の所領を賜り、関ヶ原合戦では対上杉戦に黒羽城を改修、家康より援兵を受け関ヶ原の功で2万石の大名に成る、以後大関氏黒羽城主代々続いて明治を迎える。

 黒羽城は芭蕉が約2週間滞在してる事でも有名で特に俳句仲間では大事なところです。

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カルビン

松尾芭蕉忍者説 (2015/10/18 訪問)

栃木県北部から福島県南部のお城巡りをした際に立ち寄った1ヶ所。
大田原城からスタートし、その足で福島県入りして棚倉城・赤館見学後栃木県に戻って高館城に寄った次に訪問したのが黒羽城でした。

この日は寒かったので、丁度お昼頃に立ち寄った黒羽城が一番見学のコンディションが良かったです。


駐車場のある側には虎口・堀・横堀+土塁等、比較的規模の小さめな遺構でした(堀はまぁまぁの大きさだった)。

で、主郭部と思われる陸上競技が出来そうな程広い曲輪を、特に西側が高い土塁で囲う様になっておりました。

そこから南北サイドには猛烈に深い堀があり、その上を橋が渡してある場所が。。。絶景ではありますが、足竦みましたw

西側の土塁の向うは切岸になり、一気に低い層に・・・傍を流れる那珂川が天然の水堀の役目を果たしていた模様。
その土塁の上にはなんちゃって櫓台(造りは頑丈)があったのでしっかり登ってきました(笑)

公園化の為、遺構に無駄に装飾が付けられた場所が多く(堀底や斜面に木や花を植えてあった)、それが気に入らない方も多いかもしれませんが、自分は地滑り対策等・遺構の破壊防止の一環として納得してました。


南には当時ここで長期滞在していた松尾芭蕉にちなんだ「芭蕉の館」(横に馬に乗った芭蕉と、その横を歩かされている弟子の河合曾良の像が)があります。

自分は松尾芭蕉が「奥の細道」を隠れ蓑にして諸国を偵察していたという、芭蕉忍者説を結構推してまして・・・
ここで滞在していた間に徳川譜代色の濃い宇都宮に情報送っていたのでは?なんて勝手に思っておりますw

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 大関高増
築城年 天正4年(1576)
主な城主 大関氏
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)、横堀(水堀)
指定文化財 市史跡(黒羽城址)、市有形文化財(黒羽城鳥瞰図)
再建造物 碑、説明板
住所 栃木県大田原市前田
問い合わせ先 大田原市生涯学習課文化財係
問い合わせ先電話番号 0287-98-7115