前田利家の織田家への復帰が叶えられたことで知られる合戦跡です。美濃を支配していた斎藤義龍が急死すると、跡を継いだ龍興が14歳と若年であったため織田信長は美濃へ侵攻します。この地で織田軍1500、斎藤軍6000と数の上では劣勢でしたが、信長は斎藤勢を打ち破りました。
織田信長に仕えていた前田利家は信長の寵愛を受けた同朋衆の拾阿弥を、愛用の笄を盗んだことから斬り倒してしまい織田家から追放されました。帰参を望む前田利家は桶狭間の戦いに無断で参加し武将首を取る成果を挙げましたが、織田家へ戻ることは許されません。そしてまたも無断で参加したのが森部の戦いです。この戦いで利家は斎藤勢の中で「首取り足立」と猛将と恐れられていた足立六兵衛を討ち取ります。足立六兵衛は信長に「足立の首は、城一つ攻め滅ぼしたも同然」といわせたほどの武将でした。他にも首を取った前田利家は織田家への復帰が許されます。
「鎧掛けの松」は首実験のおり、信長が鎧を掛けた松と伝えられています。現在は二代目の松が「出世の松」として植えられています。NHK大河ドラマ「利家とまつ」を記念して、信長、利家がこの地から出世していったという縁起にあやかって「出世の松」植樹となったようです。首実検はしたのが、近くの薬師堂で説明板などがありました。
「出世の松」から北に約1.2Km歩くと森部城跡(城びと未登録)があります。遺構はありません。南隣の金峯神社は本郷城主稲葉正成の屋敷跡です。
おまけ
近くに三洋電機が2001年12月に建設した巨大建造物「ソーラーアーク」がありました。新幹線で名古屋から京都方面へ行くときに右手に見えてくる建造物ですが、ここにあったのですね。
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