「日本への 別れを告げた 清水山」
(にほんへの わかれをつげた しみずやま)
「太閤が 睨み効かせる 清水山」
(たいこうが にらみきかせる しみずやま)
清水山城は、太閤秀吉が毛利高政に命じて、朝鮮出兵の兵站基地として対馬に築いた城です。しかし、厳原港から見える急斜面の地には、物資を蓄えられる平地もなく天守もありません。写真①では木に覆われて見えませんが、三ノ丸から一ノ丸へと続く斜面の両側は、二つの登り石垣のような石塁でつながっています。もしかしたら、山頂の一ノ丸には豊臣の旗印(桐紋)と金の馬印(ひょうたん)があったのではないかと、私は想像しました。当時は木などなかったので、下から見上げると、これらがとてもよく見えたでしょう。まるで睨みつけられているように、まるで威厳を見せつけられているように、兵士たちからはそう思えたのではないでしょうか? もう朝鮮へ渡れば生きて帰れないかもしれないと不安がる兵士たちを鼓舞し、最後の決意をさせるための城だったのではないかと、私には思えてなりませんでした。
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