会津若松城の西側に史跡・日新館天文台跡がありますが、現在公開されている日新館の中にも展望台があり、周囲を良く眺望できます。
日新館は元々、若松城の西隣にあったとされるので、今公開されているものは少し離れた場所に復元されたものになりますかね。
実際、若松城の周辺は開発が進んでいるので、やむを得ないですね。おかげで集客に苦労しているようですが、訪れて絶対に損は無いと思います。白虎隊の団結の強さを見ると、日新館での生活は厳しいながらも充実し、楽しいものであったと思います。
明治2年(1869)9月、旧会津藩松平家に家名再興が許され、松平容保の嗣子の幼少の容大を伴って斗南3万石で封じられました。
藩領は青森県下北半島の一帯・十和田湖の東側と、北海道の後志支庁瀬棚町のあたりで実質7千石程度であったようです。そんな僻地に17327人もの人が移り住んだので、非常に苦労したそうです。
正直、明治政府って陰湿だと思うんですよ。石高詐欺とかありえんし。
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