日本で唯一中に入れる前方後円墳である黒塚古墳を利用して築かれました。城らしい土塁は見つかりませんでした。江戸時代に一万石の大名の陣屋として築かれたので、防御に関してはあまり重点を置かなかったものと思われます。ただ、案内板には内堀と書かれていたし、城の外側に少しだけ石垣もあったので、確かに城であったことは伺えます。古墳を利用して城、陣屋を築いた例は、岡ミサンザイ古墳など数多くありますが、それを直に見れるのは非常に珍しいと思います。でも城という感じはしないのでお勧めはしません。
前方部と後円部の間に堀があったことが調査で明らかになりました。確認はできませんでした。
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