2022年の昌官忠さん迷子事件を受けて、ぴーかるさんが案内した「波着寺跡方向の板がありますので北方向に曲がり150m程直進(途中から土の道の民家の間を通る)すると公衆電話BOXを再有効利用した波着寺記帳所と鳥居がありますのでそこが登山口になります」が助けになりました。写真3が「途中から土の道」なんですね。最初、舗装道を道なりに行き、別の鳥居のところに行ってしまいました。
登り始めると、つづら折れを貫く竪堀の規模の大きさに驚きつつ、「茄子畑の跡 此の下谷底」と意味深(?)な看板を見て、本堂跡に到着。ぴーかるさんはこの背後を直登されたのですね。直登できないことはないが..と周りを見渡すと、右手にピンクテープを発見。とある煩悩の登城目録さんが行かれた埋もれかけの階段を利用できました。尾根に上ると、主郭までに4本の堀切(主郭下は二重堀切)。主郭を超えて西にも大小6本の堀切を数えて、まだ城域は続いてそうでしたが、ぐっと下がる切岸のところで引き返しました。主郭の南側にも大規模な造作がありました。
さて、表題の件ですが、公衆電話BOXを再有効利用した波着寺記帳所のノートに記帳したあと、もしかしたら、ぴーかるさんも記帳されているのではと思い、2022年の箇所を開いたところ、「城びと ぴーかる」と記帳されているではありませんか! こんな記帳もあるんだと感激。私は、本名を書いた脇に「城びと あ」と書き足しました。
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