JR宝塚線に乗り伊丹駅で下車しました。すると有岡城の本丸跡は目の前にありました。荒木村重が築いた総構えの城です。しかし今ではビルや住宅に囲まれ、石垣の一部など、その面影はわずかしか残っていないのが、少し残念に思いました。
荒木村重は、家臣を見捨て自分だけ逃げ出した、「卑怯者と呼ばれた男」として有名です。それは本当だったのでしょうか? 村重は日本で初めて総構えで城を築いた人物だともされています。そんな城下の民までも守ろうとするような城を築く人物が、自分一人だけ逃げようなどと考えたとは、私にはとても思えないのですが・・・🤔。
本丸跡には官兵衛ゆかりの藤がありました。官兵衛は幽閉されている間、力強く咲く「藤の花」を見て、生きる勇気を得たそうです。しかし1年に及ぶ牢屋生活で足を痛めてしまい、この後一生杖をついて歩くようになります。福岡の人間としては、その場所がどこだったのか、見つける事ができず残念ですが、でもその間に松寿丸(後の黒田長政)を菩提山城で匿ってくれた竹中半兵衛には感謝です。
現在劇場公開中の映画「黒牢城」では、怯える村重と官兵衛との巧みな駆け引きが描かれています。村重はなぜ官兵衛を殺さず生かして幽閉したのか? 村重はなぜ妻や家臣を残して城を出たのか? 村重は本当に卑怯者だったのか? 村重と家臣との間にいったい何が起きたのか? 村重の本当の敵はいったい誰だったのか? この謎解きは・・・映画を御覧あれ(😱~!)。
次は、播磨で最後まで抵抗した別所長治の三木城と、竹中半兵衛の最期の地(平井山)を訪れます。
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