浜松城付近のもう一つの出世城、頭陀寺城「重箱の隅編」です。
頭陀寺城の南東部は、かつて若き日の豊臣秀吉が奉公した松下氏の屋敷です。
公園のあたりには堀、土塁が築かれていたようですが、中心部はその東の
かっぱ寿司頭陀寺店になるようです。
昼食をとりに寄らせていただきましたが、せっかく天下人ゆかりの最初の城跡に
来たのだから、出世魚をいただこうと思います。
出生魚といえばスズキ、ハマチ‥やはりここはハマチで行きましょう。
後日、かっぱ寿司さんにお伺いしたところ、快く掲載をご了承いただきました。
ありがとうございます。
さてこのあたり、若き日の秀吉の怪しげな伝承地が残されています。
①鎌研池‥若き日の秀吉が鎌の切れ味を試すために葦の片葉ばかりを斬っているうちに
池には片葉の葦ばかり生えるようになったと言います。遠州七不思議の一つとして
語り継がれているそうです。
②目刺橋‥若き日の秀吉がメダカを松葉で狙って手裏剣の練習をしていたそうです。
その後池には片眼のメダカが現れるようになったと言います。
若き日の秀吉さん。あなたは忍者か妖術使いですか?
秀吉が松下家を去った時の逸話は諸説ありますが、之綱からもらった金子を
元手に行商をして尾張まで来て、信長に仕えたのかもしれません。
松長之綱はのちに秀吉に取り立てられ1万6000石の所領を与えられます。
そして秀吉が亡くなる5か月前に亡くなります。
豊臣氏の衰退を見ずに亡くなったのは之綱さんにとっては幸いだったのではないでしょうか。
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