あんじょうこじょう

安城古城

愛知県安城市

別名 : 安祥古城
旧国名 : 三河

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しんしんちゃん

小さい社に公園。遺構は無し。時代の流れってやつ。 (2023/06/02 訪問)

安城古城は城というより居館跡といったほうが良いかもしれません。
平安時代から志貴庄の荘館があったという説もあり
鎌倉時代には地頭の館となり、安藤氏が居館としたといいます。
室町時代に和田氏五代の本拠地となり、永享10年(1438)の永享の乱の後
和田氏は安祥城を築き移転したため、安城古城は一度廃城になります。
時代が経って、天文9年(1540)織田勢が安祥城を攻めた時、松平側がここを前線基地の
一つとして兵を入れて戦ったと伝わっています。(現地案内板より抜粋)
現状は宅地の中に公園と小さな社がぽつんとあるだけですが
小さな城址にもいろいろと歴史が詰まっているようです。

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橋吉

和田氏の館跡 (2023/01/15 訪問)

愛知県安城市の安城古城は、後に安祥城を築いたといわれる和田氏の館跡です。

安祥城祉公園から約800mでしたので徒歩で移動しました。
12分ほど西に向かうと、民家の裏に竹藪がありました。

道を隔てて神社があり、この神社が安城古城跡です。

周囲は畑でところどころ宅地になっています。
畑に比べ少し高くなっています。
城というよりは館程度だったようですが、それにしても小さいです。
おそらく、神社が設置された部分は残されたのですが、他は農地に転用されたのではないでしょうか。

1440(永享12)年、安祥城が築城されましたが、 その後の1540(天文9)年、織田氏が安祥城を攻めた時、松平軍はこの地に兵を入れて、砦として戦ったともいわれていますのでその頃はまだ支城として機能していたようです。

見学所要時間:10分

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昌官忠

2022夏の青春18キップ15日目:安祥古城 (2022/08/03 訪問)

安祥城からの転戦です。安祥城より徒歩10分ちょっとで、説明板前(34.947584、137.091278)に着きました。

築城年代は定かではないようですが、平安時代に志貴庄の荘館があったとも云われています。
鎌倉時代には地頭館として安藤氏が在城し、室町時代は足利一門の和田氏が五代続き、永享の乱の後、和田親平は安祥城を築いて居城を移し廃城となりました。
また、1540年(天文9年)に織田氏安祥城を攻めた際には松平氏側の前線となったといわれ、松平康忠が討死しています。

宅地内にある小公園に土塁状の土盛りの上に社口社があり、説明板があります。
攻城時間は5分くらいでした。次の攻城先=桜井城を目指す為、電車で南安城駅から桜井駅に向かいます。

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にのまる

古城址 (2022/05/21 訪問)

小径に入り見えてきたのはお社の建つ小さな土壇ですが、説明板の「市指定史跡」の文字に居住まいを正し読んでみると、平安・鎌倉・室町時代にかけていくつもの説や歴史をもつお城とあり、大切に守られている場所だということを知りました。安城古城の名称にも得心です。
側面から見ると、城目線で見てしまうこともあり土塁跡だろうかと思ってしまうのですが、そうであってもなくても、大事なのは土地の歴史を後世に伝えることなのだと思いました。

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 不明
築城年 平安時代後期
主な城主 安藤氏、和田氏、多門重則、酒井左衛門
遺構 消滅
指定文化財 市史跡
再建造物 説明板
住所 愛知県安城市安城町社口堂