さくらいじょう

桜井城

愛知県安城市


旧国名 : 三河

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台地先端の高まり (2026/07/24 訪問)

 岡崎城に登城したあと、付近の平城をちよこ城巡り。
周囲より少し高い立地に城趾感があります。城趾碑の一画は草が繁茂してましたが、土塁の高まりがわかりました。その裏手、桜井松平家墓所の裏の堀跡も見ることができました。
 イオさん、レスポンスをありがとうございます。大阪 お城フェスタには、午前中から、会場入りして、かるた大会にも参戦しようと思います。イオさんに倣って(まねて)、名札を作ってみました。

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しんちゃん

新年あけましておめでとうございます (2025/12/30 訪問)

新年あけましておめでとうございます。
リア攻め目当てで桜井城を訪れたら、誰かが松ぼっくりで「2026」を作ってくれていたので使わせてもらいました。
私が作ったわけじゃないですよ・・そんなにヒマじゃないです。普段ヒマだけど城攻め中は忙しいのです。
桜井城は現状公園ですが案内板や冠木門が設置されています。地元の豪族小浦喜平治によって築かれ、文明3年(1471)に松平信光の安祥城進出により松平氏の支配下に入ったとのことです(案内板より)。

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WEST

桜井城探訪 (2025/04/19 訪問)

安城市にある桜井城を訪問しました。この城は桜井松平家の居城となります。現在は城山公園として整備されており、公園入口に駐車場(3台程度駐車可)があります。
城内を散策してみましたが、城址碑のある土塁のようなところが遺構となるのでしょうか。
また、隣接して桜井松平家歴代の墓所があります。

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ぴーかる

桜井城 (2024/05/11 訪問)

【桜井城】
<駐車場他>2台分駐車できます。
<交通手段>車

<感想>岡崎平野・知多半島ちょこ城巡りの旅ラスト13城目。安城市観光協会のサイトによると「桜井城は1471年、松平信光の安城城進出により、松平氏の支配下に入ったと推定されている。安城松平家2代松平長忠の子である松平信定が養子に迎えられ、桜井松平家の初代となった。桜井松平家は信定の代から松平宗家を狙って安城松平家に敵対的であったが、4代目松平忠正が三河一向一揆で家康公に敗れ、以後は家康公に仕えた。」とあります。家康の関東移封により6代目松平家広もこれに従い廃城となったようです。
 現地は現在公園になっています。周囲より少し高くなっていて、城跡碑のある場所は土塁のようになっています。公園の隣に桜井松平墓所があります。城跡碑を撮影していると現地のおばあさんに話かけられて、三河弁の訛りで全く解せなかったので何度か聞きなおすと、やや標準語に直してもらい、ここに来て50年になるそうで、この城跡公園と周囲の側溝の掃除もしているそうです。改めて見ると土塁上も落葉が綺麗に掃除されているのに気づき、気持ちよく公園内の散策ができました。可愛い方で、気持ちよく散策できた事を伝えると手を振って見送ってくださいました。素敵な出会いで日帰り旅を終える事ができました。480㎞無事走破。

<満足度>◆◇◇

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 小浦忠重
築城年 大永7年(1527)
主な城主 小浦氏、松平氏
遺構 曲輪、土塁
指定文化財 市史跡(桜井城址)
再建造物 模擬冠木門、石碑、説明板
住所 愛知県安城市桜井町城阿原