さくらいじょう

桜井城

愛知県安城市


旧国名 : 三河

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小城小次郎

桜井松平の歴史は今も桜井とともにある (2021/09/02 訪問)

桜井松平氏の祖にあたる松平信定は松平清康・広忠・家康の宗家三代悉くに反発したというツワモノだった。桜井城そのものは土塁の一部が残るのみだがその脇には信定の墓が今も残る。桜井松平の歴史は、今も桜井とともにある。

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🏯城好きのメガネ

「桜井城」 (2020/03/28 訪問)

<オススメ>★★☆☆☆
桜井城は、安城松平長親の子・信定が入り、桜井松平初代となった。松平信定は、松平清康に属して牧野氏の吉田城や織田氏の岩崎城、品野城攻めで活躍した。1530年、宇利城攻めで清康の不興を買う。1535年、守山城攻めで清康の指図に従わず疎遠となる。清康の死後、織田氏に内通し、松平広忠を岡崎城から追放するなどし、念願の惣領の座についた。岡崎城を追われた広忠は今川義元に支援を求め、今川を後盾にした広忠が岡崎城に戻ると、以前まで従っていた家臣たちは次々と離反し、信定は岡崎城から追われた。その後、広忠に謝罪し、和解する。以降約70年間、6代にわたり桜井松平氏の居城となった。1590年、桜井松平氏は家康の関東移封に従ってこの地を離れ、廃城になったとされる。その後、桜井松平氏は、江戸時代に大名として各地を転じ、摂津国尼崎藩で幕末を迎えた。現在、土塁等が遺されている。

<アクセス>
名鉄西尾線 桜井駅 徒歩15分

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姫街道

遺構がほとんど残ってないワケ (2020/11/29 訪問)

安城市はさすが家康公のお膝元、どこも遺構がよく残ってると感じていたが、どうもここだけは、遺構がほとんど無い。。。調べてみると、城主であった桜井松平氏の祖、信定がどうも一癖あった方みたいで、家康の祖父である松平清康とソリが合わなかったようです。なるほど納得。
けど、まだ公園になってるだけマシです。

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じゅんじん

公園 (2005/04/16 訪問)

安城市は安城城の他にもお城が多いです。(どマイナーですが説明板もありますよ)

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 小浦忠重
築城年 大永7年(1527)
主な城主 小浦氏、松平氏
遺構 曲輪、土塁
指定文化財 市史跡(桜井城址)
再建造物 模擬冠木門、石碑、説明板
住所 愛知県安城市桜井町城阿原