まずはぴーかるさん、大阪府コンプリートおめでとうございます。
大阪は歴史的にも興味深い城が多いのでいつかコンプしたいです!
さて、この日は南方三十三館の城をいくつか訪問しました。
南方三十三誅殺事件として有名です(関東だけかも)。
鹿行エリアは大掾氏一族が支配していましたが、佐竹氏が城主を太田城に呼び出し、誅殺した事件です。
我々の世代だと体育館裏で・・・?
『群書類従』第645-647「常陸国田島村伝燈山和光院[4]過去帳」には、「天正十九季辛卯二月九日 於佐竹太田ニ生害ノ衆、鹿島殿父子、カミ、島崎殿父子、玉造殿父子、中居殿、釜田殿兄弟、アウカ殿、小高殿父子、手賀殿兄弟、武田殿、已上十六人(以上十六人)」
との記載があります。
この内、鹿島城、島崎城、小高城、中居城は城びと登録城で訪問済。
その他武田氏の木崎城も訪問済でした。
この中にありませんが林氏の林城。
遺構もよく残り、整備もされているとのことで登城。
駐車場はありませんが路駐には充分な感じでした。
登城路を登って行くと右手に「二の丸」の案内板があります。
虎口を経て二の丸へ。
土塁が残り、広いスペースになっています。
隣接する本丸にも高い土塁が残ります。
本丸と二の丸から堀を挟んだ広い曲輪が三の丸のようです。
ここにも土塁がついていて外側の空堀に進んで行くと、ガサガサッと。
明らかにイノシシでした!
深入りは自重し退散しました。
近くの林中城が居館のようですが外城の方が整備され歩きやすいようです。
堀底道や高い土塁が残る素敵な城でした。
林氏も佐竹から太田城に呼び出されましたが途中で家臣により殺害されたとのこと。
南方三十三館誅殺事件、興味深いです。
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