【三刀屋城】
<駐車場他>駐車場<35.292615, 132.871607>あり。
<交通手段>車
<見所>切岸・櫓台石垣
<感想>1泊2日尼子十旗攻城の旅2城目。第三の城、三刀屋城は1221年に三刀屋郷の地頭職に任じられた諏訪部扶長が築城したと伝わります。扶長の末裔が三刀屋氏を称します。戦国時代には城主の三刀屋久扶は尼子氏⇒大内氏⇒尼子氏に帰参⇒毛利氏に帰属します。1588年に毛利輝元に随行し上洛した際に徳川家康と面会し輝元から嫌疑をかけられ、領地没収追放されます。関ヶ原後は堀尾氏が入城します。石垣を改修しましたが一国一城令により廃城となったようです。
山頂の少し手前の駐車場となっている曲輪跡まで車で上がれます。駐車場上段のトイレのある場所も曲輪跡、駐車場の下段の曲輪が馬舎跡の曲輪は巨石石垣の曲輪壁、その下段が馬場曲輪、谷を利用した深い堀切がサイドにあります。駐車場から山の山腹に入り奥に進むと、主要部を仕切る堀切があります。主要部の三刀屋川側は高い切岸になっていて木が伐採され見応えあります。主要部は北東側に石垣跡の残る櫓台跡、中心に主郭、主郭は南西の二の丸と仕切り石垣で仕切っています。櫓台のさらに北東は段差のある連郭があり、端に深い堀切があります。崖がきつく広大な削平地が取りにくいので私の考えでは堀尾氏が本拠地にしようとしていたとは考えにくい。
<満足度>◆◆◇
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