「河村城」のやさしい方(?)を攻めました。
北条色強目な「河村城」ですが、歴史は古く南北朝時代でも活躍していたようです。
因みに、河村氏は南朝方。ほとんど討死したそうです。
遊歩道が完備された『河村城址歴史公園』。
駐車場にある説明板の前に堀切が行く手を阻み、どう攻めるか迷わせます。
堀切の向こうは大庭郭張出とありました。大庭郭、、、。
2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』には登場しませんでしたが、石橋山の戦いで、大庭氏と共に河村氏が源 頼朝さんを苦しめました。敗北しお預けの身になった河村氏は、10年後 流鏑馬の腕前を披露し許されます。
大泉 洋さん演じる頼朝さんが、ちゃっかり登場する河村氏を、コミカルに許すストーリーが想像できます。
が、頼朝さんエピソードはたくさんあるので、大幅カットです。大庭郭から紐つけましたが、ぜーんぜん関係ありません。
この日は平日で、駐車場に営業途中で休憩してる車が1台のみの「河村城」です。
でも、奥に伸びた「河村城」の遊歩道に、ケンケン パッのチョークの跡があり、休日は家族連れの楽しい様子が連想されます。
この、ケンケン パッに、はしゃぎ平らな方を歩いて行きます。右側に展望台があり、休憩できるようになってます。まだまだ、ケンケン パッが続くので前進。郭との間に障子堀。橋の下は鋭角に切ってありました。
奥に「河村城」の石碑があります。小さな祠があり、裏手に回ると深い堀が見えました。
「河村城」は秀吉さんの小田原征伐で幕を閉じます。
正直、私が歩いた遊歩道は、攻めやすく障子堀や畝堀も芸術作品のような感覚で見てしまいました。
違う登城口から攻めたら、また違う表情が見えたのでしょう。
秀吉さんの小田原征伐は、7月に北条家の降伏で終わります。本日、東京の端っこは37度予報。
「河村城」は日陰が展望台の下と、木々の下しかありません。
こんな暑い時期ではなく、小田原征伐が始まる秋の方が「河村城」の秀吉軍を迎え撃つ姿勢を感じられるかもしれません。
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