戦国最後の英雄終焉の地
(2023/05/21 訪問)
〘真田丸跡・真田の抜け穴・安居神社・茶臼山陣城〙
大阪の城びと最後の城はここになりました。大阪城もとっておきにしていましたが既に何回も行っているので、大好きな武将最期の地をあえておいておきました。約半日をかけて巡り、今回も巡り順に投稿させていただきます。
【三光神社】
真田山の北東隅にある神社で、もし真田山に真田丸があったならば神社の北・東斜面は急勾配で切岸感はかなり残っているように感じられます。境内に真田幸村公像とその横に真田の抜け穴と呼ばれる石組穴があります。
【真田丸跡】
心眼寺の出丸跡碑と真田丸顕彰碑は真田山中央北の傾斜地に位置しています。真田山の中心平坦部分は東西南北150mづつくらいで、道路は各々坂になっています。真田丸がここにあったならば冬の陣の後、堀を埋めるのに曲輪のへりの部分から崩していって坂になったと期待したい地形ではあった。坂が無ければ東西南北300mづつくらいの大きさの曲輪かと思われる。
【安居神社】
真田信繁(以降幸村を使います)がこの神社で休んでいる時に松平忠直の家臣西尾宗次に打ち取られたともいわれる場所です。安居神社の書置きの御朱印が300円セルフであります。初穂料は賽銭箱へ。自分の中ではここが本日のメイン、感無量の大満足です。
【茶臼山陣城】
<駐車場他>天王寺茶臼山駐車場有料
<交通手段>大阪メトロ
<感想>現地説明板によると茶臼山は五世紀築造の前方後円墳とみる説と788年に和気清麻呂が上町台地を東西に横切る運河を掘ろうとして、掘った所は中断した南の河底池で出た土を盛ったのが茶臼山だとする説があります。大坂の陣では冬の陣に徳川家康が夏の陣では真田幸村が本陣を置いた場所です。現地は天王寺公園の一部になっていて、陣城だったと表面観察で分かる遺構は特に残されていません。登頂証明書が現在は一心寺存牟堂ではなく、すぐ東の三千仏堂で購入できます。旧黒田藩蔵屋敷長屋門を見て終了した。今回は個人的満足度は高いのですが、遺構が少ないので記載なしにします。
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