2度目の訪問、1度目は年末年始の休みで城内に入る事が出来ませんでした。ここは肥後国熊本藩54万国の大名となった細川氏が初めて城持ち大名となったお城です。
勝竜寺城の始まりは北朝方から京都を守るために南朝方の細川頼春公が築いた城と考えられていまます。戦国期になると西国街道と久我畷が交差する勝竜寺城を京都防衛の要と考えた織田信長公の命を受けた細川藤孝公が城の大改修を行います。細川藤孝公は土づくりの砦規模の城を「瓦、石垣、天主」を用いた近代城郭に大改修、安土城完成より5年も前の事でした。しかしながら豊臣政権下では勝竜寺城はあまり重要視されず、石垣、礎石等が淀古城の修築に使用され一時は廃城状態となりました。江戸時代になると山城長岡藩主となった永井直清公により修復されますが1649年に永井直清公が摂津高槻藩に転封と同時に廃城となっています。現在の勝竜寺城跡は竹林に囲まれた養豚場であった場所を市が買い上げて発掘調査、勝竜寺公園として平成4年にオープンしたものです。
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