【湯尾城・湯尾峠】福井県南条郡南越前町
<駐車場他>湯尾城跡登城口<35.789717, 136.196680>道路脇に駐車
<交通手段>車
<見所>曲輪・竪堀・石垣(湯尾峠)
<歴史>城びと未登録の湯尾城の歴史は現地説明板によると、
1183年 木曽義仲が湯尾峠に陣を構え燧ヶ城を築き平氏軍を防ぐ。(火打城の戦い)
1336年 杣山城の瓜生氏が関を設け北陸道を塞いだ。上野ヶ原合戦
1574年 府中城主富田長繁と戦う一向一揆勢2万人が拠った。
1574年 織田信長と対陣した時に七里頼周が一向一揆勢と立て籠もった。
1583年 賤ヶ岳の戦いの時に羽柴秀吉軍が敗走する柴田勝家軍の反撃に備えて湯尾に陣を張った。
湯尾峠は今庄集落と湯尾集落を分ける峠で古代から北陸道が通る交通の要衝でした。戦国時代に柴田勝家が大改修を行って湯尾城と湯尾峠は今の形となりました。湯尾峠は疱瘡よけの孫嫡子信仰でも有名であり江戸時代には4件の茶屋が建ってお札を売って、「おくの細道」や江戸期の作品に多く取り上げられています。明治には明治天皇が北陸巡幸の際に休憩されて石碑が残ってあります。
<感想>麓に上野ヶ原古戦場跡があります。上記場所に駐車して峠を進むと上野ヶ原合戦で瓜生軍が討ち取った高師泰方の大将首を洗ったといわれる血頭池があります。馬の水飲み場や明治天皇御膳井跡を過ぎると峠にたどり着きます。峠の南北に虎口があり石垣遺構があります。この石垣は江戸期の茶屋が建てられたときのものらしいですが、南側には大竪堀が残っていて柴田勝家が築造したものを改修利用したものとも思いたい感じがする見事さがありました。峠虎口の東側曲輪の奥に巨大切岸の山があって主郭方向に進めます。上に登って尾根上の平坦な曲輪を進むと堀切があってその先に主郭があります。主郭の東側に古道の虎口遺構があって転落石があったので石積みであったような感じがしました。古道の方は藪化して下方に畝状竪堀があるようでしたが進めませんでした。主郭の更に東側に鉄塔の建っている曲輪があります。
湯尾峠の東側に文化遺産でもある旧北陸道湯尾トンネルがあって登城前にここを車で通ってやって来ました。明治にできたそうですから古代から130年程前までの長い時を街道の要衝として使われ、また幾多の合戦の場所だったことも勉強になりました。見所あるいい所です。
<満足度>◆◆◇
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