熊本おまけ。城から少し離れますが、足を延ばせる方はどうぞ。
出生地はおろか、墓所すら定まらないのだそうです。宮本武蔵。
熊本県内だけで墓とされる場所が3つ。そのうちのひとつが「武蔵塚」(熊本市。2020年12月)。加えて福岡県北九州市の寺にも養子・伊織が建てたものがありますが、こちらも由緒定まらないとのこと。
かの巌流島決戦を含め、他流試合で負け知らずというのは本人談。一方で実戦経験はあまりないのだとか。10代半ばで関ヶ原。その後従軍したのは大坂戦役と島原でしょうか。
生まれたのが本能寺の2年後となると、多少の波乱要因に巻き込まれることはあっても、秀吉・家康の治世下で武士としての“野性”が買われる機会はほとんどなかったという見方も。
肩書きは兵法家。他方、木彫・金工など諸芸に優れ、特に水墨画の名手でもあったそうです。加えて著書を残すマルチぶり。領地・領民を有さず、上司からの命令や出世争いとも無縁。戦国武将と比べ、わりと怠惰な感性の持ち主だったかもしれません。もちろん良い意味で。
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