国土地理院の色別標高図にキレイに現れる堀が気になっていた群馬県高崎市の箕輪城。
この築城場所は榛名山東南麓、西側を流れる榛名白川により独立した丘陵。
南側は椿名沼という湿地帯だった模様。
国府総社の西に位置し、南を通る東山道や鎌倉街道上道から少々距離があるが、戦乱に備えて平地部の浜川から丘の上へ移転してきたとのこと。
1500年頃に関東管領上杉氏方の長野氏が築城し、1566年の武田信玄による攻略後は武田方の内藤氏、北条氏邦、井伊直政などが城主に。
現在は丘陵部の遺構が史跡公園となり、郭馬出西虎口門と本丸西側の木橋を復元。
続いてその木橋とセットとなる本丸西虎口門を復元するんだとか。
訪問の際は搦手口から入城し、郭馬出から本丸を通って城郭北端へ。引き返して本丸西側の堀や城郭西部南部を巡り、気付けば滞在時間約4時間。
木俣からは高崎市街地が見渡せ、御前曲輪が本丸の詰で西側に木橋があったこと、本丸南虎口が馬出タイプであること、稲荷曲輪に櫓台があることなどは現地で初めて知りました。
見どころは大堀切をはじめとする郭馬出から御前曲輪にかけての巨大な土の堀。
また本丸木橋の土台を見ると、5月に訪れた武蔵松山城も木橋が掛かっていたのではないかと思ったり。
井伊時代の石垣や北条時代と推定される石垣も発掘されていますが、巨大な土の城郭が私の城巡りの135城目となりました。
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