今年最初の城郭訪問は埼玉県比企郡嵐山町の菅谷館。
場所は入間川水系都幾川の北岸、川からの比高約20mの菅谷台地の縁。東と西も浸食谷に守られた天然の要害。
直ぐ東を鎌倉街道上道が通り、都幾川は槻川との合流部にも近いため、人と物資の流通拠点であったかもしれません。
残る資料から、鎌倉初期には畠山重忠が館を構え、1500年頃には河越城(扇谷上杉氏)に対抗するため山内上杉氏が城郭を再興したと考えられているとのこと。
となると、当時の河越城もこの様な城だったのでしょうか。
現在は、立派な堀と土塁に囲まれた城郭全域が公園化され、三ノ郭には嵐山史跡の博物館。
"館"の名から当初は興味が湧かなかったものの、城郭化された遺構を知ると、徐々に魅力的に思えてきた菅谷館。
そして今回、蔀土塁のある正テン門、横矢掛かりの二ノ郭虎口と本郭虎口を注目点として訪問。
まずは搦手門から正テン門を通り西ノ郭へ。こちら側は期待に反して下草が多く、遺構を観察し難いのが残念。
変則的な桝形構造(?)の二ノ郭虎口も見どころですが、三ノ郭側は接近不能。
一方、二ノ郭と本郭は歩きやすく整備されていました。
1段低い南郭から都幾川まで下り、博物館は駆け足で回り、滞在時間は約3時間。
博物館の「河越に対抗して堅固に再興」との記述から、当時の関東スタンダードを見た気分になった菅谷館が、私の城郭巡りの141城目となりました。
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