西尾城は承久の乱で武功をあげ、現在の西尾市に進出した足利義氏が築いた西条城が
始まりとされています。
江戸時代は城主が次々と入れ替わり、大給松平氏6万石の城下町として
六代栄えて明治にいたります。
姫丸あたりにある西尾市資料館にある西尾城の模型を見ると、結構広いなと感じていた
本丸と二の丸が豆粒みたいで、かなりの城域を持っていたことがわかります。
今の錦城町、永楽町、中町あたりをすっぽりと覆う広さで東西、南北それぞれ
1kmぐらいはあったのではないでしょうか。
広大な外堀に鶴ケ崎門、追羽門、天王門、丁田門、須田門の五つの門を設け
守りも堅かったと思います。
天守は二の丸にあったと伝わり天守台と、その南側に丑寅櫓が再建されています。
天守の再建も計画されているとのことですが、大丈夫でしょうか?
無事に再建されることを願います。
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