元寇防塁は鎌倉時代に博多湾一帯に元軍の襲来に備えて築かれました。
大隅国の石築地賦役文書によると田一反あたり一寸の割合で各国の御家人たちに労役が課され
鎌倉幕府が滅亡する前年まで工事は続けられたと伝わります。
かつては西は福岡市西区今津から東は福岡市東区香椎まで長さは20kmにも及んだといいます。
城びとの元寇防塁は生の松原のものですが、今回は5か所訪問しているので
一緒に紹介させていただきたいと思います。
①生の松原元寇防塁 国指定史跡 建治2(1276)建造
所在地‥福岡市西区生の松原1
②地蔵松原元寇防塁 国指定史跡 建治2(1276)建造
所在地‥福岡市東区筥松4
生の松原元寇防塁は当時の防塁が再現されています。実際の防塁は地中に埋められている模様。
この地は弘安の役の激戦地で「竹崎季長」が先駆けを務めたと伝わります。
肥後の国の御家人が工事を担当しました。
地蔵松原元寇防塁は現在公園になっています。国の史跡に指定されていますが
遺構はまったく見当たりません。地中に埋められているものと思いますが
すこし物足りなく感じますね。大正9年、平成5年と12年と3回にかけて発掘調査が行われて
それぞれ遺構が発見されています。
薩摩の国の御家人が工事を担当したと伝わります。
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