個人的には、北条氏照が関宿城攻めの拠点とした小田原北条氏の支城というイメージがある茨城県五霞町の栗橋城。
ほとんど遺構がない認識でしたが、江戸期に書かれた縄張図に刺激され、昨年末に行ってきました。
今は権現堂川(元渡良瀬川・太日川)の東岸に位置する栗橋城。
河川工事前は対岸まで城郭の一部であったとも伝わり、川は今より西側を流れていたのでしょうか。
いずれにしろ川辺の微高地に築かれた城で、鎌倉街道中道の通り道でもあり、陸路と水運の要衝だったことでしょう。
古河公方設立の1500年代中頃から約100年間、その重臣の野田氏の居城。
その後、北条氏照の手に渡り、改修されたでしょうか。秀吉の小田原征伐後、しばらくして廃城となりました。
現在は北外郭の南部から東外郭付近の遺構を残すのみ。
訪問時は、中まで公開されている雰囲気ではなかったため、法宣寺から七曲りの堀を眺めるに留めました。
堀は写真以上に深く、向こう側(城内)は1段高い印象。
江戸期に描かれた「築城規範」を見ると、各虎口が馬出や桝形で守られた魅力的な城。
その仕掛けを直接見ることはできませんが、残る堀が嘗ての巧妙な城を今に伝えているような...
そんな周辺含め約2時間の栗橋城訪問が、私の城巡りの139城目でした。
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