かねこしやかた

金子氏館

東京都三鷹市

別名 : 島屋敷、金子館
旧国名 : 武蔵

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ひで

案内板のみが残る (2021/09/12 訪問)

仙川駅から徒歩20分程度、島屋敷通り沿いを歩いて
たどりつきました。団地の中の案内板のみが遺構ですが、
団地の敷地が広いので探すのに苦労しました。
団地の広場に青いフレームの案内板があります。
柴田勝重の屋敷跡という伝承が案内にありますが、
仙川駅くら島屋敷通りを歩いている途中にある春清寺
には柴田勝重の墓所も残っています。

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にのまる

3カ所セットで。 (2021/04/10 訪問)

 一年ぶりの訪問ですが、今回は説明板のある新川・島屋敷通り団地には寄らず、春清寺と勝淵神社に行ってきました。
 島屋敷(金子氏館跡)はこの地を与えられた柴田勝重(柴田勝家の孫)が館を構えた場所で、春清寺には柴田家墓所があり、勝淵神社には勝重が勝家に与えられた兜を埋納したという伝承があります。どちらも現在見ることができるのは「石」のみですが、北ノ庄の戦いを思いながら碑文を読んだりなどしていると、遠くの山城の苔むした石積みを拝むのと同じくらいじーんとしてきました。
 写真①~③が春清寺で、④~⑨が勝淵神社です。位置関係は⑩のとおりで充分歩いてまわれる範囲です。「金子氏館は説明板だけらしいからわざわざポチしに団地に行くのもなんだかなぁ」と一年前まで思っていましたが、長い間大切にされてきた史跡が身近(ウォーキングの寄り道)にあったと知り、自分の無知と下調べの足りなさを思い知らされました。しかし現地を訪れて新しいことを知り、次はあそこに行こうと計画を立てるのも楽しみのひとつではあります。

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昌官忠

東京近郊11城巡り⑤:金子氏館 (2021/04/01 訪問)

東京近郊11城巡り5城目は金子氏館です。
狛江入道館より徒歩27~28分くらいで島屋敷遺跡解説板前(35.673647、139.573923)に着きました。

築城年代は定かではないが、金子時光の居館があり、天正年間(1573年〜1592年)には金子弾正がいたといわれています。
江戸時代には柴田勝家の孫柴田勝重が徳川家康に仕えて三千五百石の旗本となり、1614年(慶長19年)頃に陣屋を構え、1698年(元禄11年)頃まで続き、柴田氏転封の後には代官所として利用されたようです。
その当時の様子が周囲の低湿地に囲まれ島のようだった事から島屋敷と呼ばれたそうです。

島屋敷は現在の新川団地の辺りに築かれており、発掘調査によって中世から近世の遺構が検出され、団地内にはそれを示す案内板が設置されています。
攻城時間は5分くらいでした。

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にのまる

柴田勝重居館跡 (2020/05/23 訪問)

自宅から程よい距離なので、この日のウォーキングのゴールに設定して出かけました。
仙川沿いの遊歩道をキープディスタンスしながら北上し、中央自動車道をくぐり、新川天神山青少年広場を突っ切って城跡の団地(島屋敷遺跡)に到着。団地の公園にある解説板を見ると、突っ切った広場も中世の城址(天神山城)だったとのこと。中世の金子氏については知識もなかった(今もない)のですが、時を経て、慶長19年に柴田勝家の孫、柴田勝重が此処に屋敷を構えたとあり、「知っている名前が出た!」と満足度がUPしました。(勝重のお父さんお母さんおばあちゃんは誰だ?ってなったらwikiさんへ…)
近くの春清寺に勝重のお墓があるというので行ってみました。関が原が初陣で大阪の陣で戦功をあげてこの地を与えられたのだそうです。そして、勝淵神社には自刃前の勝家から与えられた兜がおさめられているとのことですが、このたびはそちらには行かなかったので、次のウォーキングの目的地にして行ってみようと思います。

☆猿さん、いつもご丁寧な解説をいただき、ありがとうございます!

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 金子時光?
築城年 不明
主な城主 金子氏、柴田氏
遺構 (発掘調査:屋敷跡)
再建造物 説明板(島屋敷遺跡)
住所 東京都三鷹市新川4、5