津久毛橋城の東約200~300mの隣接の山稜出鼻地に岩崎館跡が在り現在は村社猿田彦神社が鎮座しています。
住所:宮城県栗原市金成津久毛岩崎山根6
駐車場:岩崎集会所:宮城県栗原市金成津久毛岩崎沢・・猿田彦神社の東約100m程の県道186号線沿い数台可能。
参考資料:古城盛衰記さんグーグルマップ。
津久毛橋城跡をグーグルマップで調べて居ましたら東隣接地に岩崎館の史跡マークが有り今回、津久毛橋城探訪の後に初探訪しました。
車を駐車利用した岩崎集会所から西に直ぐ神社鳥居が目に入り、そこが岩崎館跡です、神社鳥居を潜り、一の石段を登り長屋門を潜り二の石段を登ると社殿と社務所、奥の土塁、更に奥の曲輪と続き、細竹の藪ですが土塁が垣間見えます、左手脇に堀切?がありますが細竹の藪で奥に進めません。
古城盛衰記さんの岩崎舘の資料には北西奥に2重堀切が見応え有りと記載されて居ましたので、近くで農作業されてる方に岩崎舘の堀切の事を聞きましたが、よく分からない様でした、自身も民家への導入道を入って二ヶ所ほど覗いてみましたが良く分かりませんでした。
農作業の方には津久毛橋城の方を紹介されました。また岩崎集会場に車を駐車した事を話しましたら問題ないよと言って頂きました。
話を聞いたところは集会所から西に200程の所、道沿いに岩崎館跡の標柱が立っており側面に若干の解説文が記載されています。
それに依る解説文は、風土記書上によれば、高さ7丈(21m)、東西17間(31m)、南北60間(109m)で、館主は岩崎縫殿と伝えられる。また近藤氏の系図には、葛西氏の旧縁・近藤伊賀守忠清が近江国より下向し、岩崎近藤氏の祖になったと伝えられる。
また、猿田彦神社の由緒には、平安末期の平治元年(1159年)鎮守府将軍藤原秀衡の家臣岩崎館主長崎主殿長徳が伊勢猿田彦神社の分霊を鎮祭したと伝えられている。・・とあります。
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