ながはらじょう

永原城

滋賀県野洲市

別名 : (永原御殿)
旧国名 : 近江

投稿する
永原御殿本丸西外堀跡一部水田化
口コミ・画像を投稿する

みんなの写真投稿

投稿する

みんなの口コミ

投稿する

カズサン

永原御殿本丸外堀探訪と移築門 (2024/06/24 訪問)

 永原御殿本丸発掘中の続きです。

 永原御殿本丸内部と発掘調査中現場を見学観察して、永原御殿の外堀を見学できる範囲で探訪、入口の東の外堀は埋まっています、北側は駐車場、南側は発掘調査現場作業コンテナ事務所エリア、南の外堀は水田に成っている、北側は集落の道と発掘調査作業機器の置き場倉庫、西側は一面水田ですが、畦道が舗装されて北から南へ伸びて居る、畦道から本丸土塁の間が水堀跡、水堀の半分は埋めれれて水田に成っている、水堀が有る事は判るのですが樹木、草が茂り良くは判らない、水堀が東に折れる南掘り辺りまで確認して戻る。
 北に約600m程の所に浄専寺(野洲市北941)が在り、南側に永原御殿移築門が在ります、が痛みが激しく近くは立入禁止、同南側に「史跡永原御殿御門」の案内板が有るが生垣の新芽の伸びで下半分判読できない。
 車は乗専寺と北自治会館の間の広い道の浄専寺側に幅寄せして路駐可。

 永原御殿本丸内部と水堀の一部復元がされて史跡公園化で今後の保存整備がなされると大変ありがたい。
 当日の真竹伐採作業ボランティアの方々に感謝も仕上げます。
   

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

カズサン

永原御殿本丸発掘中 (2024/06/24 訪問)

 近江の永原御殿を探訪したいと思っており、近年発掘調査・現地説明会等も開催されて居り各博物館等で永原御殿発掘のチラシも散見されて探訪を誘われて居りました。前泊の八日市から戻る形で野洲市の永原城・永原御殿を初登城。

 駐車場:永原城北東堀跡埋められてジャリ駐車場を利用。
 参考資料:城郭放浪記さんグーグルマップ、野洲市HPによる。

 東側に真竹を切り開いた導入路が有り進行するが鎖チェーンが張られて進入禁止、近くにコンテナの事務所が有り人の気がするのでノックして、訪ねると気持ちよく鎖チェーンを外して本丸内部の発掘現場ブルーシートの掛かってる辺りまで案内頂きました。最近も発掘調査結果現地説明会が開催されたようです。
 南側の土塁、西土塁、坤角櫓跡、本丸中心部の御殿跡発掘調査現場はブルーシートが掛っている、乾角櫓跡もブルーシートが掛っている、登る階段が有ったので土塁まで登にり近くで観察、外の水堀は真竹竹林で良くは見えないが少しは竹林間で見える。発掘調査現場は真竹を伐採して見学歩きやすくなっていますが、伐採の竹の残りと新しい真竹が伸び始めてツンツンしており登山靴、安全靴での探訪が安心安全です。
 当日は現場作業の方々で真竹の伐採をされて居ました、今年の春に伐採したばかりですと言っていましたが真竹の成長は早く伸びも早い、大変な作業です。
 滋賀県には江戸幕府の宿泊所・御茶屋御殿がここの永原御殿と水口城御殿、伊庭御殿、柏原御殿と4ヶ所も有り歴史文化財が豊富です、発掘調査が更にされて成果の結果として史跡公園永原御殿の復元が楽しみです。

 撮影見学して、現場作業事務所に寄りお礼の挨拶し、もし資料が有ったらとお願いしたが残って居なかった、後日野洲市のHPより永原御殿の発行必要資料を入手する。
 
 続き、永原城本丸水堀跡と移築門を投稿します。
 

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

todo94

近江の城めぐり⑥ (2024/03/09 訪問)

浮気城からの転戦です。大きな横断幕が張られていて説明板も建っていますが、城内へは立入禁止となっています。少し離れた場所にある浄専寺の移築城門は何とか見つけることができました。イオさんの投稿にある、史跡公園としての整備を心より待ち望みます。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

イオ

永原御殿 (2023/11/19 訪問)

永原御殿は、室町期に永原氏が築いた永原城を前身として、この地を与えられた徳川家康が上洛時の宿所として築いた館城で、秀忠、家光の三代にわたって使用されましたが、家光以降は幕末まで将軍の上洛はなかったことから、江戸前期に役目を終えて廃城となりました。

出張!お城EXPOでのテーマ展示やパネル展&紙芝居により永原御殿の予備知識と発掘調査現地説明会資料を仕入れた上で、本丸東辺の堀跡に設けられた駐車場から登城開始。駐車場奥の説明板の立つ位置が東之御門跡で、その脇から本丸内へ。本丸内の御殿は遺っていませんが、建築図面が伝えられている上に、発掘調査により古御殿の建物礎石や御亭の基壇が確認されています。まずは時計回りに本丸内を一周。大手門にあたる南之御門跡は東側にブルーシートが掛けられていますが、発掘調査により櫓門の存在が裏付けられています。南辺の土塁をたどり南西隅には坤御矢倉跡、さらに西辺の土塁沿いに北に向かうと乾角御矢倉跡があります。乾角御矢倉は平櫓だったようですが、発掘調査では櫓の礎石列や櫓に登るための雁木が確認されています。本丸の北部は未整備ながら、竹藪の中に北辺の土塁が続いていました。

駐車場に戻ると今度は反時計回りに外周をひとめぐり。北東隅部には永原御殿址の石碑があり、北西隅から西辺を南に進むと土塁沿いに堀が続き、その手前の田んぼも堀跡と思われます。南西隅から二の丸南辺を東に進むと、本丸外周南東辺に土塁基底部の石垣が遺り、その手前の田んぼが堀跡のようです。

また、永原御殿から北東約750mの浄専寺には永原御殿の御門が移築されています。近くの説明板によれば、御門とあわせて石垣も移設されているとのことで、門の東側の石垣を見てみると、なるほど矢穴のある石垣がいくつも見つかりました。

…ということで、未整備の部分もありますが周囲(東辺以外)を囲む土塁は状態良く遺り、発掘調査も進められていて、出張!お城EXPOで聞いた話では、史跡公園として整備される計画もあるそうで、これからがますます楽しみな永原御殿でした。
 

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

城郭情報

分類・構造 平城
築城主 永原氏
築城年 室町時代
主な改修者 徳川幕府
主な城主 永原氏
廃城年 貞享3年(1686)
遺構 曲輪、土塁、櫓台、横堀、石垣
指定文化財 国史跡(永原御殿跡及び伊庭御殿跡)
住所 滋賀県野洲市永原1093
問い合わせ先 野洲市役所
問い合わせ先電話番号 077-587-1121