それぞれ自分なりのテーマやポリシーを持って城攻めをされている方も多いと思いますが、私もそれなりの考えを持っています。
当時の人の考えを読んだり、遺構の有り方から自分なりの歴史をビルドしたいと考えているんですね。
皆、自分なりの歴史を持っていても良いと思うんですよ。一つ見方を変えるだけでいくらでも転びますからね。
私は古文書の解読は出来ないので専門家の方が発表した知恵を拝借して活用させていただいています。何とか読めそうなものは自分でもトライしてみます。
史料も比較的正確な物もあれば、怪しいものもあると思います。
関ヶ原の合戦の直前に行きかっていた文書は事態を正確に読み取れていなかったり、敵に奪われることを前提にしている偽情報もあると思います。特に関ヶ原合戦後の文書は「内府公軍記」に沿った内容になっている可能性も考えています。
たかだか城を巡っているだけの「城好き」に歴史が分かるものか・・と考える方もいると思いますが、一(いち)城好きだからこそ気楽に考えたい。間違えたっていいじゃん・・そこで修正すればいいんですよ。人間だもの。
当事者の気持ちになって周って見ると医王寺山周辺は実に楽しい。守りは堅く退却用の経路も確保できる。私が武田軍や勝頼だったらここをどう使うか想像が膨らんで来る。後世手の入っている所も多いと思うけど、武田勝頼が三河侵攻の足掛かりにしようとしてここに目を付けたのは良い選択だったと思います。長篠城を落として医王寺と長篠城で防衛ラインを固めたら戦局はどうなっていたか?
信長は周囲に柵や城を作ってプレッシャーをかけて来る? if(イフ)の長篠の戦いも面白そうだ。
それにしても最初にここに目を付けた琴室契音とはどんな人物だったのだろう。菅沼氏の一族なのか・・どこぞの回し者なのか?
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