一文字門跡から七曲道を登城。一文字門跡には、「熊出没注意」の看板が設置されていました。春先ですが、用心して熊鈴を装備し登城。連日の城攻めで足がガタガタでしたが、七曲道の途中にベンチが設置されているので、休憩も挟みつつ、9分ほどで、四ッ門跡に到着しました。尾根伝いに曲輪が配置され、石垣が整備されて残されています。
四ッ門跡→御鐘門跡(二の丸)→出櫓台→黒門跡→埋門跡→冠木門跡→本丸跡→四ッ門跡→三の丸(調練場)の順で見学していきました。
① 四ッ門・三の丸
七曲道を登り切った所に四ッ門跡があり、登城路へ横矢をかけるように石垣が構築されています。四ッ門の標柱そばには、門の礎石も残されています。四ッ門から三の丸に入り、右側に二の丸と本丸、左側に調練場跡があります。調練場跡の北側には靱櫓台と玉櫓台が残されています。
② 御鐘門・二の丸・出櫓台
四ッ門跡から右側の坂を進むと、御鐘門跡の桝形があります。三の丸と二の丸を隔てる門で礎石もしっかり残っていました。
二の丸に入ると、村上城の見どころの一つの出櫓台が見えてきます。写真で何度も拝見していましたが、背後の本丸の高石垣と迫り出す櫓台は、迫力満点です!!
出櫓台の脇には、黒門跡があります。ここは御鐘門側の道(上段)と東門側からの道(下段)の二つが並行している場所になっています。その両方の道を二段に跨いで、封鎖していた門だったようです。二段に跨ぐ門というのは、かなり特殊ですので、どんな門だったのか、個人的にちょっと気になりましたね。
③ 本丸帯曲輪・本丸
出櫓台から登城路を進んで行くと、本丸の帯曲輪に到着します。帯曲輪には五つの櫓があったようです。帯曲輪の南東側には、中世散策コースの入口の埋門跡があります。こちらの門跡にも、草に埋もれつつありましたが、石垣が残っています。そして埋門のそばに本丸に入る冠木門跡の桝形があります。村上城の石垣は、打込接の布積が多いですが、本丸の冠木門の南側は、野面積の乱積で積まれていました。堀氏の頃の古い石垣ですかね?本丸でも桜がお出迎えしてくれましたが、桜は咲き始めたばかりの様子でした。麓は満開だったのですが、標高差でこんなに変化するんですね。本丸の天守台からは、日本海と村上の街を一望することができました。
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