岐阜県可児市にある陣屋跡です。城びとには未登録です。
小早川秀秋の家老であった平岡頼勝が秀秋の死後、屋敷を構えた場所です。平岡頼勝は豊臣秀吉によって小早川秀秋につけられた家老で、関ヶ原の戦いの折には秀秋を徳川方につくように説得した人物として伝わります。秀秋が死去して小早川家が断絶すると流浪の身となりますが、徳川家康に召し出され慶長9年、美濃国内に1万石を与えられ徳野藩を立藩しました。
平岡頼勝は関ケ原の戦いを題材にした小説やドラマにはときどき登場する人物ですが、その後の消息は知りませんでした。
名鉄広見線日本ライン今渡駅から徒歩約10分の場所に説明板がありました。遺構はありません。東へ5分くらいの場所に今回は行っていませんが、平岡頼勝の墓所があります。
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