(2017年6月3日)
(紹介URL)http://www.rurubu.com/sight/detail.aspx?BookID=A0404020
最上義光歴史館からやや離れた場所に専称寺という寺があります。ここも駒姫に関する史跡巡りで絶対外せない場所。
山形駅でレンタサイクルを借り、地図を頼りにアプローチ。手探りのような感覚で探し、とある寺の前で地図を見直したら、左手に門があり、なんとそこが専称寺でした。つまり気づいたら着いていたわけです(笑)
スマホ検索で墓の形は知ってましたが、意外と境内の奥にありました。観光客向けの矢印に従い歩き、墓(1枚目)が目に入りました
墓の前に来たら、両手を合わせて黙祷…というのが、一般的なお参りかもしれません。もちろんそれはしましたが…それだけでは…想いが足りない…
「おこま~😭😂😆」と叫びました。「おこま」とは(とある歴史番組で彼女の死を知った親族が泣き叫んだ際に口にしていた)駒姫の愛称です
一期一会の訪問になるかもしれないので、墓の周りを何周もして、ここを見学しました
ちなみにこの墓は近年になって建てられたもので、それ以前は墓石の後ろにある小さな石しか置かれてなかったそうです
あと、駒姫は(他の側室と共に)三条河原で処刑された後、そこに掘られた穴に埋められたため、当然ながら遺体はこの墓にはありません
ここには遺品として山形に持ち帰られた頭髪(の一部)が埋葬されているそうです。おそらく小さな石の下に埋められたのでしょう
ま、三条河原の下に埋められたとされる遺体は骨ごと微生物に分解されたか、洪水で濁流に飲み込まれておそらくもう残ってないそうです
そしてここ専称寺に埋葬された頭髪もおそらくすぐに微生物に食われ、今は土に還っていると想像できます
でも、それを言ったら、歴史上人物の多くは、遺体は残ってない。もしくはどこにあるか分からない…そうです
例えば義経の首塚はあるけど、そこに遺体は無い…というのが一例。伊達政宗のように墓に遺体のあるほうがむしろ珍しいそうです(そのおかげで彼の生前における体格や顔つきが判明)
なので、歴史上人物の墓の多くは、「お墓」というよりも「慰霊碑」と解釈したほうが妥当なのかもしれません。墓の下にあるのは遺骨というよりは霊(たましい)みたいな
そもそも骨自体、そのまま残るということはなく、何百年も経過すれば分解されてしまうと知恵袋の情報から知りました。
とりあえずここには駒姫の霊が眠っている…と思うことにしました。周囲は竹藪と民家に囲まれ、閑散とした雰囲気。私以外誰もいなかったので…
「おこま~😂」と私は連呼して彼女の霊を慰めました…🙏
(2025年3月23日)
まさかの再訪問…墓の側までたどり着いた私は…そこで(前回は見なかった)案内板(2枚目)を目にしました
五輪の塔の後ろにある小さな石…この名称が黒髪塚というそうで…遺髪(処刑される直前に親族への形見として駒姫自らが髪を切ったのかも)が侍女の手により山形まで届けられて…この地に埋められた(上記の記事でも同じ内容を書いてるけど念のため記載)
案内板の末尾に令和三年と書かれており…前回私がこの地に足を踏み入れたのは平成二十九年のため…「どうりで見た覚えないはずだ」となりました
黒髪塚(3枚目)🪦 今回もまず…「おこまー😭😂」と何度も叫び…それから黒髪塚に100円玉、五輪の塔に5円玉をお供え
家からこの日のために…線香とチャッカマンを持ってきたので、黒髪塚に3本・五輪の塔に2本…それぞれ火をつけてから線香置き場に備えました。墓石の上に片手を添えたりしながら…私なりの想いを…気持ちを込めて…15分ほど…ひたすら祈りました。ここまでした人間は…私だけ?😅
ちなみにここ専称寺でも御朱印をいただきたかったのですが、本堂にも隣の建物にも…誰もいない。なので授与を諦めました。その少し後にネットで調べてみたら…浄土真宗のお寺(の多く)は御朱印をしないそうです
専称寺も浄土真宗を名乗る寺。(基本無人なので受付のしようがないという事情もありますが)つまりそういうことでしょう😓
(浄土真宗は御朱印しない 参考URL)
https://blog.goshuin.net/shinshu_01/
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