金閣寺で有名な北山鹿苑禅寺の寺名は室町幕府三代将軍・足利義満の法号「鹿苑院殿」に由来があるそうです。法号とは仏門に入った者に与えられる名称になりますわ。しかし、義満公にしろ武田信玄にしろ若い時分から、さんざん悪さしておいて、何故に仏門に入るのだろうか?
みなさんプライベートジェットで地獄行きだと思うのだが、本気で極楽に行けると思っていたのかな?
まあ実際に天国・地獄があるなんて誰にもわからん事だし、地獄行きの相場も実際に行った者じゃないと解らない。案外、賄賂をいっぱい渡せば極楽に行けたりして・・極楽に行ってみたら悪い奴ばかりだったりして・・それじゃ今の世と変わらんぞい。
足利義満が京都の「室町」に屋敷を置いたことから足利政権は室町幕府の名称で呼ばれるようになりました。城というよりは御所だったわけですが、義満が開祖として建立した金閣寺は西園寺を改修したものとされ、山荘の規模は御所に匹敵し、政庁の機能を有していたようです。実際にここで義満が政務を司り、院政も行っていた事を考えると、金閣寺も城郭の類であると言えるかもしれません。
ほじくってみると、いろいろ出てくる・・人間はイケズだが京都は奥が深い。
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