昨年11月の旅行で寄った城の最後は徳島城。
徳島県吉野川の河口部は、河川が網化したデルタ地帯。
平時は水運の交通網、戦時は天然の水堀となったことでしょう。
そんな三角州の1つにポツンと小さな渭山があり、そこは元々中世の渭山城があった場所。
秀吉が四国を平定した戦国時代末期、蜂須賀小六正勝の嫡男家政がこの地形を活かして徳島城を築城。
以後、江戸の終わりまで蜂須賀氏の居城となりました。
現在は徳島中央公園となっており、南の寺島川は埋没したものの、北の助任川は残存。
訪問時はまず鷲の門など平地部をまわり、続いて東坂口から東二の丸と広々した本丸へ。味のある石垣は地元の緑色片岩が積まれており、江戸期の東二の丸には2代目天守の御三階櫓が建っていたとのこと。
そして本丸西側の虎口から下って行くと、右に左にカクカク曲がる石垣の通路が戦略的で魅力的。
家政が"徳島"と改名した三角州の城が、私の城巡りの116城目となりました。
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