国指定史跡の本丸ど真ん中になんで鉄道通したの?と思ったら、鉄道が先で国指定された方が後だった。調べてみると北畠親房が『神皇正統記』を書いた場所であることが影響しているらしい。そんなこんなで「いわく付き物件」ではあるのだが、痕跡を巡る分にはその方が楽しいのかもしれない。
最近は「奪還を繰り返す城」としてTVでも取り上げられるようになってきており、バス専用駐車場もあって観光にも力を入れているようである。そのメイン施設である「小田城跡歴史ひろば」は旧常陸小田駅の敷地を活用しておりホームはそのまま残っている。サイクリングロードはさすがに本丸を迂回するようにはなっているが、「小田城跡歴史ひろば」から向かって行くと、鉄道が通っていた場所に「穴」が開いていて(なんで遺したんだろう)レール門で塞がれている。また鉄道が通っていた時代の案内板も捨てきれないのか、曲輪の隅に追いやられてはいるものの健在。
中でも、イチバン印象的だったのは北虎口の丸馬出土塁の痕跡が道路となっているのではないか?と思えた部分。おそらく地権の問題でこのようになったのではないかと妄想するが果たして。
この度いろいろと城址を巡ってみて、水戸学の影響なのか茨城って尊王思想が強いのかなあとあらためて思った次第。それも偏見なのかもしれないが。
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