(25人目)島津豊久の続き④です。関ケ原当時の居城「佐土原城」を訪れてきました。
宮崎駅または宮交シティ(南宮崎駅前)から出ている橘通り経由「西都(さいと)」行のバスに乗り40分、「交流センター」で下車すると目の前が佐土原城「鶴松館(かくしょうかん)」と城の駅「いろは館」です(写真①②⑦)。
父の家久には1584年沖田畷の戦いで龍造寺氏を破った功績で、ここ佐土原の地が与えられます。そして1587年豊臣との根白坂の戦いに敗れるも、秀吉より佐土原の地を安堵されますが、翌年に突然の病で亡くなってしまいます。そこでまだ18才であった嫡男の豊久が後を継ぎ佐土原城主となりました。
当時は鶴松館の背後一帯の山が城で、山頂に天守があり、関ケ原で豊久が亡くなると豊久に嫡子がなかったため、家康から叔父の島津以久(これひさ)に与えられ、似久が初代佐土原藩主となりました。そしてその子(2代藩主)忠興が山頂は不便なため麓に館(鶴松館)を構え居を移し、その館が現在再建されています。
スタンプは(いろは館)(鶴松館)どちらでも押せますが、鶴松館は土日祝しか開館していないので注意です。私はまずいろは館に行き荷物を預ける所がないか聞くと、気さくな店員さんで「うちで預かりますよ、パンフレットもよければどうぞ!」と無料で預かってくれました(ありがとうございます)。おかげで身軽で登城する事ができました。おいしそうなお弁当が売られていてイートインコーナーもあったので、そこで食べてから登城しました(この手作り弁当おいしかったです😊写真⑩:登城後に食べたソフトクリームも)。
いろは館の前には記念撮影用のコーナーもありました。豊久は美男子だったとの説があり、それでコミックの主人公にもなったようですね(写真⑧)。訪れたのは秋で、ちょうどいろは館の前はコスモスが綺麗に咲いていました(写真⑨)。
まず登城前に鶴松館に入りました(写真③)。入口から入ると大広間があります(写真④)。ここは藩主の対面の場に使われていたようです。さらに庭園を眺めながら(写真⑤)その廊下を渡った奥の書院は歴史資料館になっていて、佐土原城の歴史(伊東氏の時代から島津氏の時代と西南戦争まで)が展示説明されています。また佐土原城登城路の様子がビデオなどで解説されてますので、登城する前に先に見学される事オススメです(写真⑥)。
次は、佐土原城に登城する前に、家久・豊久の墓が近くにあるのでちょっと先に見てきます(続く)。
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