寺部城は、1469〜1487年に鈴木重時によって築城され、戦国時代は鈴木氏の居城でした。
1558年、鈴木重辰(日向守)は今川方から離反し織田方に付いたため、今川方が寺部城を攻めた戦いでは、家康(松平元康)が初陣を飾ったと云われます。
江戸時代には、徳川十六将の1人でもあり尾張徳川家家老の渡辺半蔵守綱の領地となり、寺部城の地に陣屋を構えました。
主郭は寺部城址の森公園として整備されています。
南東側の櫓台のような土壇上に城趾碑があります。
江戸時代以降の陣屋時の建物の礎石・石材が良く残され、他ではあまり見たことがなく珍しいです。
母屋・土蔵(2ヶ所)・書院・茶席の表示があり分かり易く、井戸跡は3ヶ所あります。
西側の薮の中には、鈴木氏時代の遺構とされる土塁があります。
主郭の東側の三ノ郭にかつては渡辺家家臣の屋敷が並んでいて、今は豊田市有形文化財の遊佐家長屋門、旧松本家長屋門(土日は内部見学可)が残されています。
そのすぐ東側の渡辺家菩提寺である守綱寺には、初代守綱と渡辺家代々の墓所があり、四角い墓石で珍しいです。
寺部城から東へ約1.3kmの場所には、寺部城攻めの時に家康が岩に掛けて采配を振るったと言われる烏帽子岩があります。
豊田市の挙母城(七州城)に寺部陣屋の書院・茶室を移築復元した又日亭があり(先行し挙母城で投稿)、安城市の城郭寺院 誓願寺の山門は寺部陣屋の城門を移築したものと云われます(2023年1月訪問)。
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