# 今城塚古墳(今城・城びと未登録)は、芥川山城の出城・付城として改修・機能した城のため、芥川山城で投稿します。
今城塚古墳は、古墳中期に築造された前方後円墳で、継体天皇の真の陵墓とされています。戦国期に細川氏または三好氏(松永氏)により芥川山城の出城として改修されたと伝わり、織田信長の上洛時には芥川山城攻めの付城となったとされます。城郭遺構は確認されていませんが、発掘調査により外濠からは戦国期の火縄銃の弾丸や天目茶碗が発見されているようです。現在は古墳公園として整備され、宮内庁の陵墓指定されていないため、自由に散策できる唯一の天皇陵です。
今城塚古代歴史館の駐車場に車を駐めて登城開始。案内に従って進むと、はにわバルコニーから今城塚古墳が一望できます。淀川流域最大級と云われるだけあって写真に収まりきらない巨大さです。墳丘は二重の濠で囲まれ、外濠は空堀、内濠は水堀でしたが、内濠の後円部側は埋め立てられて芝生広場になっています。二重の濠の間の内提には埴輪祭祀場が設けられており、発掘調査の成果に基づき約200点の埴輪が居並ぶ様子はなかなか壮観でした。内堤を下りて芝生広場を横断し墳丘へ。墳丘両側のくびれ部に設けられた造出は儀式の場だったようですが、城郭的に見れば横矢掛けの張出部でしょうか。墳丘を前方部から後円部までひとめぐりした後は、後円部側から内堤の上を一周します。内堤の上には内濠に沿って円筒埴輪が並べられています。聖域をあらわし古墳を守る結界なんだとか。前方部は水堀に囲まれているので、内堤から見てお城っぽい感じです。
内堤を一周した後は、駐車場に戻って今城塚古代歴史館を見学。展示は古墳についてのみで城郭に関するものはありませんが、英雄たちの選択の継体天皇の回を観て以来、来てみたいと思っていたので、阿蘇ピンク石による家型石棺など興味深く見学させてもらいました。なお、今城塚古墳から西に約1.6kmの太田茶臼山古墳(茨木市太田)が宮内庁の定める継体天皇陵になりますが、陵墓として拝所は設けられているものの、見学することはできません。
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