しもがいとじょう

下垣内城

奈良県生駒郡


旧国名 : 大和

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西宮城主郭(冒険広場)
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イオ

西宮城 (2020/06/20 訪問)

※ 西宮城は下垣内城とは別の城ですが、発掘調査から同一勢力の影響下にあったと考えられ、同じ平群中央公園内にあり(しょうぶ池をはさんで北が下垣内城、南が西宮城)、普通は2城あわせて訪問されると思いますので、下垣内城にて投稿します。

西宮城は、詳細は不明ながら室町期に在地荘官の嶋氏によって築かれ、石田三成の重臣として関ケ原の戦いで勇戦した嶋左近の居城だったとされます。

堀切をはさんだ東の主郭、西の副郭を土橋で結び、南下に空堀と土塁、副郭の西を三重の横堀で守る作りでしたが、公園整備にともなって遺構のほとんどは埋められ、地形も大きく改変されてしまいました。それでも、冒険広場(主郭)の南下には大規模な横堀と土塁が残っており、しょうぶ池から冒険広場への園路も堀切の名残と思われます。主郭南下の横堀の土塁には開口部があり、その先には小曲輪があるようなので、堀底に降りて行きたいところでしたが、下草が生い茂っていて降りる道を見つけられず、下垣内城での「ハチ注意」の懸念もあるため、今回は諦めました。

また、副郭の西にある西宮古墳は、周濠が取り巻き、頂部が削平されていることから、西宮城の出城として活用されていたとされます。
 

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イオ

公園整備で地中埋没 (2020/06/20 訪問)

詳細は不明ながら、室町期に在地荘官の嶋氏によって築かれたと考えられています。

主郭と堀切をはさんだ西の曲輪で構成される城でしたが、平群中央公園の整備により地形は大きく改変され、遺構はほとんど地中に埋められてしまい、現在では多目的広場の北端に櫓台跡や土塁、堀切の一部が残るくらいです。しかし、その櫓台跡や堀切も、この日は「ハチ注意」で立ち入りが規制されていて充分に確認できず、多目的広場北下の谷部にあるはずの石組みの井戸も、竹藪で踏み込めず断念しました。

多目的広場もその南下のしょうぶ池も綺麗に整備されていて、気持ちのいい公園なんですが、やはり夏場の城めぐりは藪に虫に蛇に獣にと、なかなか思うに任せませんね。
 

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カズサン

平群中央公園 (2019/04/06 訪問)

 今井環濠を終わってから信貴山を訪ね有料駐車場500円払って寺院を早足で廻り信貴山城登城口に在る行者堂まで登り開運橋で桜越しの信貴山城を撮影し夕刻前の平群中央公園(駐車場、トイレ完備)へ団地内を走るのですがチョット迷い団地路地を右往左往、公園にはグラウンドと古墳、発掘調査され埋め戻された下垣内城と南に池を挟んで西宮城が整備されてます、両城とも堀など埋め戻された公園に成ってますが雰囲気の良い環境です。

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オダリン

埋もれた城址 (2008/11/05 訪問)

この城と近くにある西宮城は公園の地下に埋もれた城である。

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城郭情報

分類・構造 丘城
築城主 嶋氏?
築城年 不明
主な城主 嶋氏?
廃城年 天正8年(1580)
遺構 地中埋没
再建造物 説明板
住所 奈良県生駒郡平群町下垣内字古城