前を通っただけで美味しそうな匂いがしてくる桝八川魚商店でうな丼を食べました。
店内には生きたうなぎがいてびっくり!
それからカクキュー八丁味噌の郷に行って蔵などを見学させていただきました。
味噌ポップコーンめちゃくちゃ美味しかったです。
ぜひ行ってみてください。
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2024/02/22 20:50
岡崎は美味しい食べ物がたくさん (2023/07/01 訪問)
前を通っただけで美味しそうな匂いがしてくる桝八川魚商店でうな丼を食べました。
店内には生きたうなぎがいてびっくり!
それからカクキュー八丁味噌の郷に行って蔵などを見学させていただきました。
味噌ポップコーンめちゃくちゃ美味しかったです。
ぜひ行ってみてください。
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2024/02/22 20:17
2024/02/22 18:50
将軍家御用達ホテル。 (2024/01/04 訪問)
1605年に完成した、「御茶屋屋敷」。
徳川 家康さんが将軍家専用の宿泊施設として築きました。
こちらの「御茶屋屋敷」から関ヶ原の古戦場まで、車で20分の距離です。
家康さん、宿泊するたびに 大戦の思い出話したんでしょうか。
駐車場から「御茶屋屋敷」の入り口へ。
入り口は小さく、趣があります。
しかし、入ると土塁が続きます。井戸跡や空堀があり、お城の防御面も兼ね備えてました。
確かに1605年は、まだまだ安心できない情勢です。
現在の「御茶屋屋敷」は牡丹が綺麗なんだとか。
とても、整備されていてます。
こちらの竹は藪ではなく、竹林。みんな真っ直ぐに伸びてます。
関ヶ原の古戦場近くで、ほっこりできる「御茶屋屋敷」でした。
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2024/02/22 18:41
海老名駅から綾瀬市役所行きのバスで…🚌 (2024/02/10 訪問)
海老名駅でJRから小田急線に乗りかえるタイミングで,「天気もいいし,日没まではまだ時間があるな…」と思い,綾瀬市役所行きのバスが見えたので飛び乗りました。といっても,キャリーバッグを持ったままで…。
事前調査で,「舗装された散策路のある公園」であることと,「城山公園バス停の目の前」という好条件が背中を押しました。
行ってみたら,(キャリーバッグを持ったままでは)堀切や腰曲輪には進入を断念せざるを得ないということがわかりました。ま,それでも遠景で確認できたので満足しました。
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2024/02/22 17:57
2024/02/22 11:55
美女塚の「伝説」 (2024/02/19 訪問)
下妻と言えば「イオン城」だが、本家の城址公園にも下校時の寄り道学生がチラホラいて一安心?。案内板にあった関ケ原で西軍につき城主追放・城破却となった時の奥方や女中の悲惨なエピソードは史実だろうか。敵が攻め込んできて城が包囲されて籠城戦にでもなっているならまだしも、城から出ていくというだけで自害するというのもちょっと考えにくいが・・・。まあ、美女塚の「伝説」ということらしいので、あまりツッコムものでもないのかもしれない。
尚、広大な城郭だったらしく多宝院や相原山の裏手に外郭の土塁や堀等の遺構が点在しているようだが時間なく未確認(帰宅してグーグルマップで確認)。
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2024/02/22 11:55
【三河畠村陣屋】 愛知県田原市 1万石戸田氏の陣屋 (2024/02/20 訪問)
住所:愛知県田原市福江町中紺屋瀬古8(福江市民館)
駐車場:福江市民館裏手に市民館駐車場有、此処を利用、トイレは前の福江公園に平櫓風のトイレ完備。
田原城から西南西約17~18km程国道259線を走り畠神社交差点を右折北へ150m程で福江市民館、福江公園に着く、伊良湖岬へは西方向へ約10km程。
遺構は殆どないが福江公園が整備されて福江公園の案内板に畠村陣屋の事が記載されている、また南西の畠湊の降りる坂道を城坂と呼ばれて陣屋が在った名残を留めている、城坂途中に城坂解説板がある、石垣は「長七たたき」と呼ばれる石垣で漆喰で石と石をつないでいる。
陣屋は台地上に立っており西側は丘陵崖がコンクリートで護壁整備され居ります、見上げると陣屋が在ったのだと空想の世界。
歴史は、畠村陣屋は元禄元年(1688年)に成立した大垣新田藩の三河地区支配陣屋として置かれた、大垣新田藩(1万石)は本家である大垣藩(10万石)の支藩であり、藩祖は戸田氏成(大垣藩戸田氏西の次男)で定府大名として7代続いて明治を迎える。(解説板抜粋)
畠湊方向へ城坂をお降りると、町屋群が昔の花街で元遊郭の建物など風情のある黒板塀建物群が並んで、飲み屋街やリニューアルして高級和風旅館に成って伝統的な建造物風の街並みが見られます。
田原城の後にどこに寄ろうかと、城郭放浪さんの情報を頼りに畠村陣屋を選びました。
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2024/02/22 06:59
2024年初城詣の次 (2024/01/01 訪問)
2024年元日の初城詣・石田堤に続いての攻城です。箕田2号墳の南側一帯が箕田館の推定地とのことで箕田2号墳の墳頂には氷川神社が鎮座しています。
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2024/02/22 00:46
2024/02/22 00:21
「日本三坑道」って何? (2024/02/19 訪問)
坑道跡で有名な城だが案内板にある「日本三坑道」って何?城攻め時に水を絶つことを目的とし井戸破壊のために坑道を掘るという話は聞いたことがあるが、どこの城攻めだったかよく覚えてないし、遺構があるという話も聞いたことがないが・・・。
その他遺構は主郭土塁等があるものの、私有地が入り組んでいるため知らず知らずのうちに立ち入ってしまう可能性があるので気を付ける必要あり。万一怒られたら、ゴメンナサイするしかないのかも。
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2024/02/21 23:05
2024/02/21 22:50
鹿沼城展&記念講演会参戦!! (2024/02/11 訪問)
今回は、鹿沼城の企画展と講演会が開催されるということで鹿沼に車で行って参りました!!
鉄道でのアクセスでは、東武日光線 新鹿沼駅から御殿山公園(鹿沼城跡)までは徒歩20分ほどです。
まず鹿沼市民文化センターで開催されている鹿沼城展(2024.2.25まで開催)を見学。鹿沼城の模型や古文書、発掘された障子堀の解説などが展示されていました。
展示の図録は、驚異の一冊100円!! 中身はかなり充実しており、鹿沼城のバイブルと言えるレベルなので、かなりお買い得でした!!
記念講演会では、壬生氏の歴史や鹿沼城の総構えについて、そして鹿沼と宇都宮の類似点などを講演してくださり、非常に学び深かったです。
講演会終了後、講演会の資料と図録を片手に鹿沼城を見学。現在の鹿沼市役所の裏山の御殿山公園が城の主要部で、武道館側から本丸へ向かう坂の所に城址碑と説明板が設置されていました。本丸は、野球のグラウンドになっていて、公園内の遺構は少なめでしたが、土塁と藪になっていましたが空堀も残っていました。
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2024/02/21 22:28
2024/02/21 21:17
出石城の余った写真 雰囲気が変わる稲荷曲輪 (2019/05/01 訪問)
出石城どこから見ても楽しめる良い城ですが、本丸から稲荷曲輪に上がっていくところが個人的に好きです。壮麗な櫓が東西に建つ本丸も素晴らしいですが、その上に建つ稲荷曲輪の石垣が苔むしていて実に良い味わいを出しています。
最上部まで来ると華やかさが無くなる代わりに引き締まった空気を感じ取ることができます。眺めも良いし、まるで別の城のように雰囲気が変わる所が良いですね。
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2024/02/21 20:59
元々は但馬国守護職、山名氏の城 (2019/05/01 訪問)
かつての有子山城の山麓の郭や館が出石城の前身であるようです。慶長9年(1604)に小出吉英のより山上の天守と郭が廃され麓の城郭を出石城として幕府に届け出、総石垣の近世城郭として改修を受けたようです。北側の麓に部分に三の丸が配され、南に向かってひな壇のように曲輪が続いていきます。下の丸から二の丸、本丸と上がって行って最上部が稲荷曲輪とされ稲荷神社が鎮座しております。
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2024/02/21 19:37
岩屋城 (2024/01/04 訪問)
【岩屋城】
<駐車場他>第一駐車場5台分程度、第二駐車場20台分程度あり。
<交通手段>車
<見所>曲輪切岸・堀切・畝状竪堀群
<感想>現地説明板によると岩屋城は1441年に山名教清が嘉吉の乱の論功行賞により美作国の守護に任ぜられた際に築城されたとされます。その後赤松氏や浦上氏、その家臣が裏切って尼子氏に付いたりして混沌とした勢力下において城主が変わりますが、戦国時代後半には宇喜多氏の支配下の城となります。1581年に宇喜多氏が毛利氏を離れ織田氏に付いたことから岩屋城は毛利氏に攻略されます。1582年の備中高松城の戦い終了後に領土の境目を高梁川とするが、それより東側にいた美作の毛利氏の諸将が抵抗します。岩屋城の周囲に包囲する陣城跡はこの時の宇喜多氏による武力接収戦による籠城攻めの跡と思われます。その後調停により再び宇喜多氏の城として戻り、宿老の長船貞親の城となりますが1590年に野火により焼失し廃城となったようです。
第一駐車場に説明板と登山道見学コースの案内板があります。第一駐車場脇に登山口があり城跡を一巡りして第二駐車場に出るルートになっていますが、第一駐車場から登ると遊歩道にはなっているものの、主郭まで1000m程の登山となりますので、お勧めは登山道見学コースの逆走、第二駐車場から舗装道を登っていくのが楽だと思います。
城跡へは見学コース順に、慈悲門寺砦跡、ここは本郭以外はかなり藪化して東西にある曲輪群を散策するのは難しいです。本郭には中心に堀か庭園跡の石積みの仕切りがあります。最奥に坊跡かの土壇の土盛があります。次に山王宮跡、ここは巨岩壁の岩窟に権現様を祀った祠があります。明治初期まで祠で一杯だったそうです。拝殿跡には土台の石積みが残ります(江戸時代のものかも)。
城跡は見学コース順に門跡⇒人工の龍神池⇒三の丸は3段の連郭⇒馬場の帯曲輪を通り馬場曲輪⇒主郭⇒二の丸は小さい尾根曲輪⇒二の丸北東部の大堀切はでかくて見応えあり。⇒城跡の北東側にある「手のくぼり」という畝状竪堀群は現地に十二条とありますが、実際数えてみて、表面観察できるのは八条でしたが、かなり見応えありました。そこから急坂の舗装道を降りて第二駐車場に至りますが、舗装道なので先に記述した逆走ルートの方がよかったかもと思ったわけです。大堀切、畝状竪堀、主郭を中心に馬蹄形状の連郭が見応えある素晴らしい城跡でした。私の先の投稿で宇喜多氏軍の陣城群の一つ、荒神の上砦(城びと未登録)にも行ったので御参考にしてもらえれば。陣城も全て巡ると1日楽しめる城跡群です。
この日は2024年新年最初の日帰り城跡巡りとして、満足度の高い城跡ばかりで楽しめました。518㎞無事走破。
<満足度>◆◆◆
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2024/02/21 19:10
和歌の浦・不老橋 (2016/09/20 訪問)
和歌の浦は和歌山市の南西に位置する景勝地の総称です。国の名勝に指定されており古くより景勝地として親しまれており万葉集にも読まれています。聖武天皇が行幸した際にお供の山部赤人が歌を詠んでおり、万葉集の巻六の919番目の歌として記載されているようです。
玉津島神社は詠歌上達の神として知られ小野小町袖掛の塀があったりします。意外と行儀悪い‥
不老橋は紀州徳川家の元10代藩主・徳川治寶の命によって造られた石橋で和歌浦のシンボル的な存在になっています。
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2024/02/21 18:36
村が、お城。 (2024/01/04 訪問)
竹中 重利さんが築城した「長松城」。
その後、武光 忠棟さんが入城しました。
関ヶ原の合戦で、武光さんは西軍です。「長松城」は廃城しました。
現在、荒崎小学校の正門横に立派な城址碑があるそうです。
学校の裏に到着しました。(この時、裏門と気付いてません。)
遺構はありません。用水路があり、堀跡に見えるように脳内で変換されました。堀跡です。
石垣チックな城址碑なんだなと、写真①を写して退陣しました。
皆さんの写真を見て、驚きました。もっと立派な城址碑があったんですね。
『ぎふの旅ガイド』には旧長松村の集落が「長松城」の城郭の形をしている。という掲載がありました。
じゃー、とっくに「長松城」の城内です。
「長松城」、『行った』をポチっ。
正門には、立派な城址碑。裏門にも「長松城」の碑がありますよ。
プレートかな?(´∀`)
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2024/02/21 16:29
平将門伝説(茨城県坂東市) (2024/02/18 訪問)
大手町の「首塚」は有名だが、坂東市に「胴塚」があるのは知らなかった。一般的には賊軍扱いされてあまり人気はない(特に関西?)のかもしれないが、「敗者の歴史」に思いを馳せてみると、それはそれで感慨深いものはある。ちなみに「首塚」は転勤になる会社員が大手町に戻って来られるように祈願するらしいので、「敗者人気」は健在ということになるのかもしれないが。
胴塚の他、平将門が関東一円制覇の拠点とした島広山・石井営所跡、将門によって軍馬の調練の場として活用された富士見の馬場、将門が喉を潤した石井の井戸、将門三女が将門座像を彫り安置した国王神社など、坂東市には将門伝説ゆかりの地が数多くある。近隣の方曰く、座像は以前は本殿にあったのだが盗まれたことがあるらしく、それからは厳重な管理がされるようになったとのこと。また、神社は宮司の跡取りが居なくなって、維持管理が大変になっているという話も聞いた。どっかから派遣してもらえばいいのにとも思うが、そうもいかないのだろうか。神田明神は色々と盛り上がってはいるが、関係はないんだろうか。
史料の少ない将門ではあるが、実証史学を離れて「伝説」を味わうのも歴史探訪ならではの面白味ではあるのかも。
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2024/02/21 15:35
近世山城 (2023/10/06 訪問)
高石垣が素晴らしい
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