おおともやかた

大友館

大分県大分市


旧国名 : 豊後

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①	大友館
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トク

【大友宗麟】(9)大友氏の全盛期を誇った大友館 (2025/12/18 訪問)

大友宗麟、高良山・毘沙門岳城からの続き(9)です。

鎌倉幕府より源頼朝から豊後の地を与えられた大友能直が下向したのが豊後大友氏始まりとされ、室町時代の10代大友親世の時には豊後国の守護となり、この地に方形居館の「大友館」を築きます。そして第21代宗麟の時代には、南蛮貿易で得た巨額の富で大友館は豪華に改築され、この時に全盛期を迎えました。

しかし耳川の戦いに敗れ、北上した島津家久(島津四兄弟の末弟で佐土原城主)に攻められて、大友館は島津軍により焼かれてしまいます。そして秀吉の九州征伐後は、嫡子の大友義統に豊後一国は安堵されますが、義統は朝鮮出兵での敵前逃亡の罪に問われて改易され、その後の政治の中心は、福原直高により新たに築かれた府内城へ移り、江戸時代に入った竹中氏や松平氏も府内城で政事を行ったため、その後に館が再建される事はありませんでした。

現在、館の跡地には庭園が再現され、南蛮BVNGO交流館では、シアターなどで大友氏の歴史を学ぶ事ができます。また全盛時の大友館を復元する計画が進行中で、宗麟の生誕500年にあたる2030年の完成を目指しているそうです。でも私がざっと見た所では(あれ?🤔)、まだ発掘調査中なのか財政難なのか、あと4年で完成するような雰囲気には見えませんでしたが・・・でもここは期待して待ちたいと思います。

今回の旅で、大友宗麟の銅像は全部で5か所ある事が分かりました(大分駅前、大友館、神宮寺浦、津久見駅前、大友別館)。その中でも、大分駅前の銅像は高さが10mくらいある立派な像で、私はこれが一番カッコイイと思いました(写真⑧)。

次は、大友家没落へのターニングポイントとなった、(高城川の戦い)に続きます。
 

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送りバント

20250921大友館(大分県大分市) (2025/09/21 訪問)

南蛮BVNGO交流館の方に親切にレクチャーいただいた後、復元された庭園や、発掘調査が進む周辺敷地を見て回る

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カズサン

発掘復元整備大友氏館跡庭園を初見学 (2025/10/30 訪問)

 津久見市の大友別館を終えて、北西に約30km程の大分市大友館を目指す、東九州道津久見ICから大分光吉IC経由地道を5km程で大友館へ、前回は平成30年9月28日の夕方訪ねて居り(今回は4度目登城)、丁度南蛮BVNGO交流館公開前日でしたが係員の好意で内部を見せて頂きました、庭園はまだ完成して居なく、今回が初の見学探訪です。
 駐車場:大友氏館跡南蛮BVNGO交流館駐車場
 参考資料:グーグルマップに依る。

 閉館時間前でしたので、先に庭園を見学させていいただきました、庭園の東池、西池は水を抜いて水垢、水草の清掃作業中でした、築山道を歩き、外周より内部を見るように周遊、大友館は大友氏館とも呼称されて居り、庭園の北側も発掘調査されて居り、リフレットには大友宗麟公生誕500年の2030年令和12年に向けて「大おもて」中心建物の復元を目指します。と記されて居り大いに期待し待ちたいと思います。
 復元庭園周遊の後は交流館の閲覧、歴史ゾーンの府内のまち復元CG映像は臨場感が在って雰囲気にのめり込まれました。閉館時間が過ぎてしまいましたが係りの方の好意で見学する事が出来ました。ありがとうございました。
 
 この後は明日の国東半島城郭廻りの為に別府マラソンの道を通って日出城近くのビジネスホテルへ、夕刻雨が降って来ました。
 

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にのまる

8泊9日城旅最終日の① (2025/01/26 訪問)

「南蛮BVNGO交流館」の開館時間に合わせて行きました。
450年前の大名庭園の復活!
所謂「史跡公園」とは異なる極上の〈市民の憩いの場〉が完成するだろうと思いました。

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 大友氏泰
築城年 不明
主な城主 大友氏
遺構 (発掘調査:庭園跡、掘立柱建物跡)
指定文化財 国史跡(大友氏遺跡)
再建造物 説明板
住所 大分県大分市顕徳町3
問い合わせ先 大分市文化財課
問い合わせ先電話番号 097-537-5639