岡部藩は、天正18年(1590)徳川家康の関東入国に際して、家臣の安部信勝 が武蔵国 榛沢 郡岡部などに5,250 石を拝領したことに始まります。高島秋帆が一時幽閉されたこともある場所でもあり「高島秋帆幽囚の地」の石碑が建てられています。
JR岡部駅より徒歩約20分くらいです。
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2026/05/07 15:32
2024/10/06 22:21
幕末も好きな時代ではあるけれど‥ (2024/05/05 訪問)
岡部陣屋は元・今川家臣で徳川家康に仕え活躍した安倍信勝が5250石の領地を受けたのが始まりとされます。慶長2年(1649)信勝の子・信盛(岡部藩初代藩主)の代に1万石の加増を受けて大名の格式になりました。岡部藩三代・信友の代には2万2千2百石となり陣屋は土塁と空堀を巡らしてあったようです。
幕末には砲術家の高島秋帆が岡部藩にお預けとなり現地には「高島秋帆幽囚の地」の案内板が立っています。たしかに大河ドラマ「青天を衝け」に出ていた気がしますが、あまりよく覚えていません。一応見ていたのですが戦国時代以外あまり興味がないんですね。
最後の写真はなんだ?と真顔で聞かれると返答に窮するのですが、今日は10月6日‥つまり「ドム」の日にちなんで、そのへんにいたやつを連れてきました。
ちなみに 3月9日‥「ザク」の日
9月2日‥「グフ」の日
9月9日‥こじつけで「ゲルググ」の日になります。
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2024/05/07 19:23
2023/07/11 08:54
碑・説明板が位置を示すのみ (2023/07/05 訪問)
説明板には、岡部藩は天正18年家康の関東入国後、家臣の阿部信勝が榛沢郡岡部などを拝領した5,250石を基に発展した。嫡男・信盛は上杉討伐や大坂の陣で功を挙げ、大番役などの役職を務めた。江戸幕府初期の寛永13年(1636)、三河国内に4,000石加増、慶安4年(1649)に摂津国内に10,000石を加増され大名になる。その後20,250石となった岡部藩は、岡部を本拠地にしながら摂津・三河の領地を分割統治し、移封・転封もなく幕末まで続く・・・。
高橋秋帆幽囚の地との案内もある。蘭学者で高島流砲術の創始者。天保13年(1842)に中傷により獄に投ぜられ、弘化3年(1846)から嘉永6年(1853)まで岡部藩の預かりとなった。碑がある場所辺りに幽囚されていた・・・。と説明板に載る。
周囲は民家・畑地になり陣屋を想像させる遺構が見当たらない。
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| 分類・構造 | 陣屋 |
|---|---|
| 天守構造 | なし |
| 築城主 | 安部信峯 |
| 築城年 | 宝永2年(1705) |
| 主な城主 | 安倍氏 |
| 廃城年 | 慶応4年(1868) |
| 遺構 | 移築長屋門(全昌寺)、移築通用門 |
| 指定文化財 | 県旧跡(岡部藩陣屋跡) |
| 再建造物 | 石碑 |
| 住所 | 埼玉県深谷市岡部1201他 |
| 問い合わせ先 | 埼玉県教育局市町村支援部生涯学習文化財課 |
| 問い合わせ先電話番号 | 048-830-6988 |