ふくじょう

福城

岡山県美作市

別名 : 福ノ城
旧国名 : 美作

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①堀切
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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征12日目:福城 (2026/05/22 訪問)

井の内城から車で30分くらいで、宇垣一成揮毫忠霊塔前(34.995503、134.263044)に着きました。

築城年代は定かではないようですが、 城主は江見帯刀で林野城にあった尼子氏の部将川福久盛に属していました。
1565年(永禄8年)出雲の尼子氏が毛利氏に攻められると川福久盛は出雲に撤退してしまいました。
これによって川福氏に従っていた諸将は、天神山城主・浦上景宗と結んだ三星城主・後藤勝基に属しましたが帯刀はこれに同調せず後藤氏に攻められ落城しました。
帯刀は浪人となり、のちに宇喜多氏に仕えたそうです。

登城口は作東野球場にあります。
現在城址には本丸跡に城山稲荷神社が建てられています。
「馬落とし」と呼ばれる堀切や竪堀などの遺構を確認することができます。
攻城時間は10分くらいでした。次の攻城先=竹山城に向かいました。

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ぴーかる

福城 (2025/02/22 訪問)

【福城】
<駐車場他>宇垣一成揮毫忠霊塔前に広い駐車場あり。トイレあり。
<交通手段>車

<感想>日帰り相生牡蠣買い旅1城目。福城は築城年・築城者ともに不明。主な城主に江見帯刀となっている。駐車場の奥からが城跡のようで堀切が見られます。主郭の手前に馬落としという堀切があります。馬が落とせる程の急峻ではありません。城跡は円形の主郭と切岸下段の取り巻く腰曲輪がある単純な構造です。主郭の背後の切岸は遺構として明瞭に残っていました。主郭が神社となっているため、少し改変されているかと感じました。

<満足度>◆◇◇

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小城小次郎

不器用で頑固な生き方もある (2023/01/09 訪問)

福城の主と伝わる江見帯刀は、江見本家が赤松から尼子、更には浦上ー後藤へとその主を変えていく中で福城を離れて浪人し、後に宇喜多氏に仕えたのだという。ちょっと頑固で不器用そうな帯刀の生き様は、とてもひとごととは思えない。

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播磨から美作に抜けたすぐの平地を支配 (2019/04/30 訪問)

播磨と美作の間の山地から西に続く尾根の高まりを占める。北側と南側を川が侵食。特に北側は小さく短い川ながら厳しい斜面を形成。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 不明
築城年 不明
主な城主 江見帯刀
遺構 曲輪、堀切、竪堀、切岸
再建造物 石碑、説明板
住所 岡山県美作市土居