住所:静岡県掛川市大坂708
駐車場:大石家南前の旧軽便鉄道南大坂駅跡広場(34°40'13"N 138°02'30"E)に駐車可。
参考資料:余湖図コレクション大石氏屋敷、グーグルマップに依ります。
高天神城未踏の見張台探訪の後時間に近くの何処かを訪ねようと余湖図コレクションさん掛川市内の城跡砦を眺めてると徳川高天神城攻め六砦の中村砦、三井山砦と在りその中間辺り三井山砦の近くに大石氏屋敷の解説が俯瞰図と共にあり、グーグルマップで駐車出来そうな所を確認して探訪に出掛けました。
場所は住所の通り、旧相良・大須賀線の道路沿い高台にご子孫の方がお住まいで元の屋敷跡より東下に現代の長屋門が南側に控えお屋敷です、庄屋さんを勤めていた様です。元屋敷跡は現在の屋敷より西の高台に在った様で茶畑、ビニールハウスが西、北側山野樹林に囲まれてそのエリアを護ってるように見受けられます。
旧相良大須賀線道路からは見上げる様な位置関係に在ります。私有地ですから外から見上げて若干坂道から裏の畑辺りまでを眺めて終わりにしました。
特に案内板は無く歴史等は現地で確認できませんが余湖図コレクションさんの解説によると、天正2年(1575年)大石義久・久末父子は徳川方の一員として高天神城に籠っていた。5月の武田勝頼による高天神城攻撃によって大石義久は戦死、高天神城開城後大石久末は馬伏塚城の大須賀康高に属し高天神城奪還に活躍した。天正10年武田氏が滅亡した後は地元に帰農して名主となったという。
また南前に旧軽便鉄道南大坂駅跡に軽便鉄道の解説板が南大坂駅名板状に成っており写真付きで昔の風情を醸しています、区間は袋井から南を通って藤枝間営業距離64.6kmとの事、昭和42年廃線、一部藤枝側が昭和45年廃線と成った。小さいですが公園広場に成っており昔の縁を偲ぶようでも有りました。
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