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じゅんじん

玉作湯神社 (2023/11/25 訪問)

お城は行きませんでした。

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じゅんじん

伊勢神宮の抑え (2023/11/18 訪問)

石垣の名城です。

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じゅんじん

南朝 (2023/11/18 訪問)

愛洲氏の拠点でした。

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じゅんじん

大王崎 (2023/11/18 訪問)

16年ぶりです。灯台がよく見えます。

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にのまる

私の兵糧丸

【行動食】
小さくて満腹感が得られ、ゴミがあまり出ない(持ち帰れる)ものを選んでいます。
コンビニに駆け込んでパッパッとカゴに入れるとだいたい写真①のような感じです。(連れがいる時はシェアできるものもいくつか。)
ポテチやお煎餅などリュックの中でこなごなになりそうなものは避けます。手作りお弁当もお腹を壊したら大変なので(‼︎‼︎)持っていきません。
行動食には“空腹を満たす”以外の目的はないので、お食事タイムはせいぜい数分間。日没までにどれだけ歩けるかが勝負なので、さっさと食べて次のお城へ向かいます。

【熊鈴】
写真②の大きい金色のは岩櫃城の観光案内所前のガチャガチャで300円でした。真田紐付きです。
赤い小さいのは小田原城の売店で買ったキーホルダーですが、熊鈴になりそうなくらい音が響きます。
鳥取城(太閤ケ平)に行った時は「BearBell」という熊よけ鈴アプリを使いました。バックグラウンド再生もできて、歩いていない時も鳴り続けるので、万が一襲われたりして動けなくなった時でも発見してもらいやすい😱かと。

【トレッキングシューズ・トレッキングポール】
写真③です。トレッキングシューズは登山の専門店で時間をかけて選んだミドルカットです。これと厚手のウールソックスで万全です。
トレッキングポールは荷物になるのであまり使っていなくて、現地で手頃な木の枝で間に合わせたりしています。

【スマホ用ネックストラップ】
iPhoneケースは普段はドンキで298円で買ったものを使っていますが、お出かけの時はネックストラップに交換します。(写真④)
スマホは地図、時刻表、カメラなどとにかく頻繁に使うので、ネックストラップを使うと、なくしたり落としたりするリスクが減って安心です。

【カメラ】
以前はデジイチとコンデジを併用していましたが、荷物になるのでデジイチは手放しました。コンデジも壊れてしまったのでランクを下げて買い替えたらセンスのない素人にはあまりきれいに撮れず…。でもまぁ主に登城記録としての撮影なのでOKです。スマホカメラだけでいけるかも⁈と思った時期もありましたが、バッテリーの消耗が激しいので、コンデジ併用しています。

【モバイルバッテリー】
iPhoneとカメラの予備バッテリーは必携です。

【リュック】
行き先によって三タイプを使い分けています。

【ポケットのある上着】
リュックは両手が空いて便利ですが、荷物の出し入れが面倒です。サコッシュ(ポシェット)にこまごまとしたものを入れることもありますが、スマホを首からぶらさげて、お財布や縄張り図、カメラなど貴重品や頻繁に出し入れするものは上着のポケットに入れるのがいちばん楽で安心、というところにたどりつきました。

【小銭】
普段はほぼキャッシュレス生活ですが、バス、入館料、おみやげ屋さん、お賽銭など、現金が必要なところもまだまだあります。なので日頃から50円・100円硬貨は城旅用に貯金しています。同行者と割り勘にするときも小銭を持っているとスッキリと精算できます。

【スタンプ帳】
100名城、続100名城スタンプ帳は公式ガイドブックについていたものと城郭協会からいただいたものと2冊ずつあり、2つ目のスタンプも一定の期間を空けるというマイルールの元で押しています。厳選24城スタンプ帳も加わり、全部で5冊。
今年の四国遠征の時には5冊全部持ち歩きました。それぞれにカバーをかけているので5冊で600g超で結構重かったです。ちなみに置き忘れた時のため携帯番号を書いています。(写真⑤)

【お城を大切に思う気持ち】
最後になりましたが、これがいちばんです。

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じゅんじん

海~ (2023/11/18 訪問)

主郭は藪ですね。

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キンヤ

佐々木六角氏の見事な石垣の巨大な居城 (2023/12/24 訪問)

大規模な山城で曲輪が連なり至る所で見事な石垣を見ることができ、素晴らしかったです。
中世山城で、これだけの石垣を築いた六角氏の権力や技術は凄かったと思います。

観音寺城は3回目ですが、個人的に今回のお目当ては、後藤邸・進藤邸、大石垣、御屋形跡でした。

観音正寺南西下の後藤邸・進藤邸は、竹林が伐採中で立派な石垣を見ることができました。
通路が寺院の参道のようでもあり、曲輪の配置が寺坊跡を利用したようにも見えました。
大量の竹を伐採して下さっている方々に感謝です。

池田丸南下の大石垣は、以前行った時は木があり間近でしか見えませんでしたが、伐採され石垣の全容が見え、山上では最も立派な高石垣でした。
ただ、石垣の崩落が進んでいるようですので、対策を願いたいです。

山麓の御屋形跡に初めて行きましたが、六角氏の居館とされるだけあって、観音寺城で1番高い位の石垣で見応えがありました。

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肉球

立派な長屋門 (2023/12/04 訪問)

関東郡代伊奈忠次によって築かれた陣屋跡です。
その後家臣永田氏に与えたようです。
水堀で囲もれた跡地には木製の忍び返しがある立派長屋門が残り
門の内側には駕籠吊るされていました。
まだ子孫の方が住まわれているようです。

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じゅんじん

九鬼岩倉神社 (2023/11/18 訪問)

九鬼氏が鳥羽城に移る前の居城になります。

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じゅんじん

14年ぶり (2023/11/18 訪問)

発掘調査もしたそうで。天守復元するかな?

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じゅんじん

対岸 (2023/11/18 訪問)

立ち入り禁止みたいだから対岸より撮影。

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じゅんじん

2回目 (2023/11/05 訪問)

近世と江戸時代を見られるお城です。

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じゅんじん

よくわからん (2023/11/04 訪問)

どこにあるかわかりませんでした。多分近くを撮影。

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じゅんじん

巨大天守 (2023/11/04 訪問)

本当に巨大ですね。

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じゅんじん

公園 (2023/11/04 訪問)

古墳メインの運動できる公園でした。

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じゅんじん

長福寺 (2023/11/04 訪問)

急坂の上部にあります。自転車はきつい。

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T-Shionoya

福岡城 天守台周辺が魅力的 (2023/10/13 訪問)

10月の福岡旅行で訪れた最後の城が福岡県福岡市の福岡城。

福岡平野と西の早良平野の間を博多湾に向かって伸びる福崎丘陵の先端部を主要城郭とした城。
低地部に三ノ丸を築き、北堀の外側には干潟を埋め立て城下町を造成。元々、大濠は博多湾からの入江(草ヶ江)であった模様。

関ヶ原の後に筑前国の大名となった黒田長政が、手狭な小早川時代の名島城から本拠地を移転。
1601年から7年掛けて築城された黒田氏11代の幕末までの居城。

現在は舞鶴公園と大濠公園として整備され、三ノ丸は陸上競技場などに変貌しているものの、本丸と二ノ丸は大規模な石垣城郭が健在。また三ノ丸北西エリアには移築建造物が点在。

本丸表御門が移築されている崇福寺を訪問後、福岡城では上之橋御門、下之橋御門、二ノ丸外周を時計回りし、本丸、天守台、南丸へ。
本丸と二ノ丸の石垣は想像以上で、特に天守台周辺の石垣迷路は魅力的。
また近年、隣国細川氏の手紙に「長政が天守を取り壊すと語った」との記載が発見され、天守閣の短期間存在説が浮上しているとのこと。

滞在時間3時間越えの福岡城が、私の城郭巡りの162城目でした。

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肉球

中釘陣屋・埼玉県さいたま市西区 (2023/12/04 訪問)

1623年山内一豊の甥一唯によって築かれた旗本3000石の陣屋です。
跡地は畑、住宅が建っていますが痕跡はありません。
近くには一唯が篤く崇敬した秋葉神社と菩提寺の妙玖寺があります。
1689年4代当主豊房が5代土佐藩主を継いだため陣屋は廃止されたようです。

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肉球

18年ぶりでした (2023/11/05 訪問)

親戚のお宅へお邪魔するついでに立ち寄りました。
前回訪れてから18年が過ぎていたようで
御殿跡付近は駐車場になっていて
景色が随分と変わっていました。
公園内の案内板に記されていた大手門付近まで歩きましたが
標柱や案内板はありませんでした。
史跡公園になってますので駐車場完備です。

厚木駅方面に向かう途中の福伝寺に門が移築されています。

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肉球

太田善太夫陣屋・神奈川県愛川町 (2023/11/05 訪問)

徳川家康の旗本太田善太夫吉正の陣屋跡です。
1615年加増によりこの地を得て中津川沿いに陣屋を築き
1697年まで支配してようです。
川沿いの低地が跡地とされていますが崖の中腹が平地になっており
大きな家が建っていますので、その辺りが跡地なのではないかと思われます。
跡地には若宮八幡宮が建っていますが痕跡などはありません。
『善太夫の力石』なるものがポツンとあるだけです。

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