妄想戦記まだ続いてます。ここまで来たら好きな武将に小早川秀秋を加えるべきかもしれません。話の内容はあいかわらずかっ跳んでいるので、ご容赦を。
小早川は内府の首を欲しています。養父隆景が亡くなったあと元養父秀吉に越前に減封された際に筑前に戻れるよう計らってくれたのは家康を中心とする五大老です。秀秋は内府にはかりしれない恩義があるはずなのですが?
天正10年生まれの秀秋にとって、伝説の戦国武将で天下人に最も近い家康は憧れの存在だったと思います。だからこそ家康の首が欲しいのでしょう。若き秀秋にとって天下への未練や憧れが少しでもあれば家康はいつかどうしても越えねばならない壁となります。ある意味ファーザー・コンプレックスに近い感情を持っていたのかもしれません。家康の敷いたシナリオに乗れば石高は大幅に増え先は安泰かもしれません。でもそれで打ち止めです。家康が天下を取れば、それは盤石なものになるでしょう。齢18の秀秋にとってその先の時間はとてつもなく長く感じたのかもしれません。
33万石の身上の秀秋が遠く九州から1万6000近い軍勢をつれてきたわけです。100石あたり4~5人の計算です。この若者の心に野心が無かったと言い切れるでしょうか?関ヶ原に向かう道中、各地をうろうろして文字どうり、うろん物を演じていたのも周囲を油断させようとする演技のようにも見えます。ここまで周囲を欺こうとするのは、年少期に秀吉から小早川家に養子に出されたり、秀次事件を目の当たりにして周囲の人々の感情に敏感になってしまったからなのだと思います。下手をすれば自分もいつ秀吉に殺されるかわからないからです。
この戦場を大御所家康の立場からも見てみたいと思います。戦場は敵も味方もおおよそ彼の思惑通りに動いています。広家が毛利を押えてくれていますが、広家とていつ寝返るかわかりません。この戦は早めに決着をつける必要があります。しかし一人だけ自分の思惑道りに動かない人物がいます。なぜ小早川は動かないのでしょうか?
うろん者だと侮っていたこの若者は自分の提示した条件に不服があるようです。小早川は毛利が動くのを待っている。むしろ誘っているのか?
彼は大軍を持って家康に一撃を加える位置にいます。「そうか‥欲しいのか、この首が」家康の首を取ったあとの秀秋がその先に望むのはさらなる立身出世か、それとも天下か?
かつて天下を望んだ戦国大名たちは数多くいました。彼らのほとんどが滅び、実際に天下を取った秀吉も滅んだ今、そのような大それた野望を持つものが矮小とはいえまだいたとは。この生意気で見の程知らずの若造に次の天下人となる自らの器を見せつけてやる必要があります。
かくして家康は動きます。本体を前進させ秀秋に、この首を取れるものなら取って見ろとプレッシャーをかけます。家康は秀秋に心理戦を仕掛けます。
「どうした秀秋、はよう動かぬか!いくら待っても毛利は来ぬぞ。いつまでもそんな所におらずに、お主も早う腹を決めよ!」
大御所と若き秀秋の心理戦は一瞬で勝負が着きました。
「このお方こそが真の天下人か‥」もう秀秋に家康に対抗する気力は有りません。改めて大御所の次期天下人としての器の違いを見せつけられました。アル・中と言われているわりに頭の回転の速い秀秋です。次の標的は昨日からいろいろつっかかってきて居心地を悪くしてくれているあの人物です。
「悪く思うな刑部少輔!」そう大谷刑部がこの戦で死んだのも、西軍が負けたのも、若き小早川の野望があっさり潰えたのも、すべて〇〇〇が悪いのです。※
※一部修正 この突拍子もない話は従来の二次資料を基にした創作ですが、近年論議されている一次資料を基にした新説だと関ヶ原の内容が全く違って来てしまいます。白峰氏による一次資料による新設だと最初から小早川は東軍として行動しているので、従来の優柔不断な印象とは異なってきますね。二次資料通りとしてもギリギリまで行動を起こさなかったのは彼なりの計算があったのではないかと考えています。小早川は意外と天下に近い人物で元々は秀吉の後継者候補で秀頼の義兄弟でもあります。
条件によっては太閤にもなりうる人物で、小早川が死去した翌年に徳川家康は征夷大将軍になっています。徳川が将軍職を継いでいくという路線が決定した段階で小早川が邪魔になった可能性があるわけです。また傀儡の太閤としての利用価値も無くなったわけで、暗殺された可能性があると思います。酒飲みを殺すのは簡単で鴆毒を用いれば良いわけです。死因は鴆毒が肝臓にたまって肝硬変を起こしたか、毒によって内臓疾患が加速したのではないかと考えています。
小早川が死去して3年後に、織田秀信も高野山の麓で亡くなっています(享年25か26)。自害と言われていますが怪しいですよね。小早川も織田秀信も反徳川の勢力に担がれる可能性があるので暗殺されたのではないかと考えています。
小早川の死亡の9年後には加藤清正が亡くなっています。彼の死因も毒による暗殺ではないかと言われていますね。
考えすぎと言われるかもしれませんが、平成の世でも怪しい最期を迎えた人は結構いましたね。 ヤバいですね~。
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