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nao

小倉城制覇! (2024/01/01 訪問)

2024年は北九州市で迎えました
神社が隣接しているので初詣で混雑してました
天守から石垣そしてお濠と格好いいお城でした

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nao

唐津城制覇! (2024/01/01 訪問)

山の上にそびえたつお城
駐車場からの写真が絵になります
ちょうどこの時間に能登では・・・

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nao

熊本城制覇! (2024/01/04 訪問)

震災後テレビではよく見ましたが
実際に天守を目にすると感動しました

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イオ

山麓の曲輪群~主郭 (2023/11/19 訪問)

築城時期等の詳細は不明ながら六角氏に仕えた永原氏が築いたとされ、永原城の詰の城として機能したと考えられます。六角氏が織田信長に敗れると永原氏は信長に従い、小堤城山城は廃城となったようです。

先達の皆さまの投稿で行ってみたいと思っていましたが、野洲市での出張!お城EXPOにあわせて登城しました。国道沿いの工場脇から林道に入り、ゲート前の空きスペースに車を駐めて登城開始。あちこちに設けられた案内表示に従って歩くこと十数分で曲輪コースと尾根コースの分岐に到着。分岐に立てられている小堤城山城跡案内図によれば、曲輪コースは山麓の曲輪群を中を進むようなので、迷わず曲輪コースへ。

山麓の曲輪群は、主郭北麓の谷筋を通る登城道の両脇に階段状に配されていて、曲輪を区画する石垣があちこちに見られます。各曲輪には案内図に付された番号の表示が立てられているので、案内図の写真を撮っておけば参照しながらめぐれるのが嬉しいところ(以下、案内図記載の曲輪番号で標示します)。登城道から右手の曲輪へ、次は左へ、また右へと曲輪群をめぐりつつ登って行くと曲輪12の切岸に突き当たります。切岸には石垣が設けられ、石垣沿いに東に回り込んでさらに登って行くと、またも突き当たる主郭13の切岸には今度は二段の石垣が! 主郭13の麓を西側に回り込むと西辺にも石垣が続き、その先から主郭13に至ります。主郭13には説明板が立てられ、城内最大の曲輪ですが最高所ではなく、南を山頂の尾根、東を中腹の尾根に守られています。曲輪群を配した尾根を大土塁に見立てた縄張は観音寺城を思わせます。やはり六角氏の城なんですね。

主郭の東側には中腹の曲輪群の間に設けられた巨大な堀切が見えるので、そちらから中腹の曲輪群に向かいます(続く)。
 

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nao

島原城制覇! (2024/01/03 訪問)

天守全体が白くてバランスのいいお城
あいにくの天気でしたが
青空だったらさらに綺麗だったかも

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nao

鹿児島城制覇! (2024/01/05 訪問)

天守閣はありませんが
大きな門が印象的でした

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nao

中津城制覇! (2024/01/06 訪問)

とても綺麗なお城でした

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todo94

中館 (2023/12/10 訪問)

下館に続いて中館・伊佐城へも朝駆けです。「国宝中館観世音」の立派な石碑が建っています。観音寺の長い参道を進むと観音寺本堂に行きつきますが、その脇に伊佐城の城址碑はありました。グーグルマップの伊佐城のポイントでは何も見つけることはできませんでした。その付近の道路は空堀の跡なのかなとは思います。下館藩主石川総管(ふさかね)の墓もありました。

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じゅんじん

城納め (2023/12/31 訪問)

二の丸の神社ではお正月の準備をしていました。

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じゅんじん

2023年4度目 (2023/12/27 訪問)

昼休みに寄りました。2023年静岡城納めでした。

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しんちゃん

鰐淵寺(がくえんじ)‥武蔵坊弁慶と八百屋お七の伝説 (2019/05/05 訪問)

ぴーかるさん私が以前、椿尾下城の投稿をしたことを覚えていてくれましたか。城びとの城以外の投稿を読んでいただけたとは嬉しい限り。そう‥下城は南側から攻めるとやりやすいんですよ。※

さて‥鰐淵寺の投稿をさせていただきたいと思います。(また城じゃないんかい)島根県出雲市別所町にあるこのお寺、歴史は古く推古天皇の時代に信濃の智春上人が当地の滝に祈って天皇の眼病が回復したことから推古天皇の勅願寺として建立されたとのことです。
鰐(ワニ)はワニザメのことらしく上人が滝つぼに落とした仏具を鰐がエラに引っかけて来てくれたことから寺の名前が来ているそうです。人手は入っているんだけど、この寂れた感じがたまらなく良いです。良い意味で古寺の雰囲気が出まくっています。

武蔵坊弁慶が18歳から3年間、当寺で修行をしていたという伝承があります。松江生まれらしいですね。大山寺から一夜で釣鐘を運んできた(盗んだ)との伝承があり、その時持ち帰ったとされる銅鐘は国の重要文化財に指定されています。
後醍醐天皇の建武の新政の際には南院と北院に分かれ鰐淵寺内で対立が起きたそうです。貞和3年(1347)に両院は和解し唐川から別所に寺を移したそうです。今でも鰐淵寺の配置は山城の縄張りのようにも見えますね。

このお寺の域内に,あの八百屋のお七と若衆小野川吉三郎のお墓が有ります。吉三郎の名は井原西鶴の浮世草子から来ているのかもしれません。実際の名は生田庄之介の方が正しいようですね。お墓の近くに立っている案内板によるとお七を憐れんだ吉三郎は出家して、お七の遺骨を持って全国の寺院を行脚している時に鰐淵寺で行き倒れたと書かれています。
齢16で火あぶりにされたお七の話は悲劇性が強く後世の人が創作した話かもしれませんが、二人のお墓が並んでいるのを見ると何か救われたような気がします。せめて極楽浄土で二人仲良く暮らしていただきたいものです。

※R12に抵触する表現が含まれていた可能性があるので修正いたしました。ヘンな意味は無いんですけどね本当に。

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じゅんじん

クリスマスイブ (2023/12/24 訪問)

仕事終わりに寄りました。

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じゅんじん

詰城 (2023/12/21 訪問)

静岡浅間神社から上っていきます。山頂を越えてしばらく行くと城址があります。土塁が残っています。

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T-Shionoya

市場城 ステキな戦国遺構と桜と紅葉 (2023/11/24 訪問)

秋に咲く桜と紅葉の共演を観賞後、愛知県豊田市の市場城へ。

美濃との国境にも近い三河の北の山間部。見渡す限り連なる標高3~400m級の山の1つに築かれた城。
浅野家の諸国古城之図では、東麓の廣圓寺付近に入城路があり、本丸周囲は石垣で堅められていた様子。

1502年の築城と考えられる鱸(鈴木)氏4代の居城で、4代重愛が石垣を用いた城に大改修。
家康の関東移封を発端に1592年廃城とのこと。

現在は、遊歩道が整備された半分石垣・半分土の城跡。
訪問時、案内板から反時計回りでルートを進むと、空堀に至るポイントがまるで虎口。そこに踏み込めば櫓跡から張り出した曲輪と二の丸に挟まれ、正面には石垣の櫓台が鎮座するステキな光景。
愛知県では大変珍しいという竪堀群は明瞭で、尾根を切り西壁を石垣で築いた桝形門も見どころ。

コンパクトな城郭にステキな戦国施設が凝縮された市場城が、私の城郭巡りの164城目でした。

※写真3、5、7枚目は翌日撮影

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ぴーかる

見落とし遺構を確認しに行く。 (2023/12/17 訪問)

【椿尾上城】
<感想>2022.12.4 以来の再登城。西側方面の曲輪群と西尾根、南西面に落ちる畝状竪堀群を見落としてしまい、満足度の高い城跡、再訪を記述しており気になっていたので再登城しました。私的には前回の補足記述になりますが、城跡西側は舌状曲輪が2段程あり、最西の曲輪には西方向尾根から入る枡形虎口遺構がありました。写真ではちょっと分かりにくいですが、なかなか見ごたえあります。先達方の西曲輪群から南斜面に落ちる畝状竪堀群ですが、表面観察では全然分かりませんでした。私的意見では畝状竪堀は無かったと思います。
 しかし城跡の進入道の南山腹にある曲輪群、横堀、竪堀遺構を見落としていたのが新たに分かりました。軽トラ道で分断されていますがそこに畝状竪堀っぽいのが3条あります。主郭の北側斜面に竪堀が1条ありその下に帯曲輪が回してあるのも見落としていました。主郭虎口左手は主郭の切岸が高く造っていて虎口土橋の石積みも見落としていました。すべて巡りきったとは言えないかもしれませんが、4分の1程は見落としていました。百・続百名城以外の奈良県マイベストに入る見応えある城跡でした。
 ヒロケンさんの投稿で椿尾下城というのがあるのを知り、トライしてみましたが、しんちゃんさんが投稿されていたのを忘れ、個人サイトの方のを頼りに東側よりアプローチしてみましたが、笹藪がひどくて進入できず断念しました。

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とばつびしゃもん

トリーデなるとが立つ城 (2023/07/17 訪問)

勝瑞城から車で約40分。妙見山公園駐車場に駐車し登城開始。
阿波九城の一つ。城址には妙見神社があり、市の防災拠点でシンボルでもある模擬天守「トリーデなると」が立つ。天守館内は無料で入館できるが城址に関する資料展示はなく、最上階からは鳴門市内と紀伊水道を一望。妙見神社の社殿奥には遺構らしき石垣が確認できる。40分ほど滞在。
涼をとろうと道の駅「くるくるなると」に立ち寄り、お目当ての金時いもソフトを目指すも激しい行列ができていたので回避。すだちのかき氷を食べてさっぱりし阿波遠征から撤収。

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しんちゃん

南側の城域は柵の向こうは立ち入ることが出来ない。 (2023/12/31 訪問)

寺山城は谷大川の南側の山の先端部の丘陵を利用して築かれています。残念ですが、近くに駐車場らしきものは見当たりません。どこに停めたかは企業秘密です。登城道の近くに案内板があり城址に道が続いています。中腹あたりまで来たら南北に尾根が伸びていて北側の小高くなっている箇所が主郭と見られています。主郭には土塁が残り、下段には腰郭が配されています。先ほど来た中腹に戻り今度は南を目指します。
城郭大系には南にも主郭と同じくらいの郭が有るとされていますが柵で塞がれ立ち入りはできません。しかし柵より手前側に段々の扁平地や堀切が残っていました。
寺山城は石井氏によって築かれ、桓武平氏の出である名越太郎が元弘年間(1331~1334)に志芳荘に移り住み石井氏の祖となったとされています。石井氏は天野氏との間で毛利氏によって領土替えが行われため、内村を転出し安芸国内の替りに与えられた領土に移っていったということです。

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じゅんじん

夕方の浜松城 (2023/12/01 訪問)

仕事の打ち合わせ後に行きました。

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小城小次郎

畠山・上杉・織田が用いた駐車場付きの有難いお城 (2023/04/23 訪問)

能登畠山氏が越中に越境して築いたのが始まりで上杉方も織田方も活用した。結果、群郭式の態を保ちながら主郭周辺だけ石垣を用いた典型的な織豊系のお城となった。長い道のどんづまりに駐車場があって車で楽に行けるのが有難い。

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しんちゃん

日御碕灯台 東洋一美しい灯台 (2019/05/04 訪問)

出雲日御碕灯台は島根県出雲市の日御碕に建てられています。明治33年(1900)に建造がなされ時代に合わせて耐震補強がされてきました。日本でも指折りの灯台で高さは日本一(46.65m)海面からの灯火標高は63.3mを誇ります。東洋一とも言われる美しさは健在で有り難いことに入場料を払えば展望所まで登ることができ、そこからの眺めは壮観です。
周囲は断崖絶壁で手すりも無く非常に危険ですが、それがまたこの灯台の美しさを引き立てているのも事実だと思います。内部には資料展示室も併設されていて日御碕灯台についての歴史や役割を学ぶことが出来ます。ちなみに灯台内は土足禁止になっています。

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