大村益次郎って襲撃された京都で死亡したと思ってたが、大坂の病院まで運ばれてたなんて。しかも、適塾ルーツの病院ってのも何の因果なのか。終焉の地の碑としては物凄く立派なんだが、皇紀2600年事業ということで合点。ただし、像まで造っていたらどうなっていたか。靖国神社の像は無傷だが。
そこから西へ向かい、難波宮越しに大坂城を見るが、一等地での広大な更地に驚く。後から調べると軍の土地だったのが、遺跡発見でそのまま保存になったらしい。ということは明治以前は屋敷が建っていたということになるんだろうか。
そして玉造教会へ。教会内の撮影は個人使用ならOKとのこと。内部はさすがに荘厳な雰囲気。ガラシャと同等の扱いで右近の画と像もあるのが意外な発見。さらに西に進み、玉造神社で秀頼の像と阪神淡路大震災で損傷した鳥居を見学。こんなになってしまうんだということに驚き。
そこから東へ戻る途中で、玉造小学校の下校途中の少年少女たちと遭遇。天気はいいのになぜかみんな傘をさしているので「なんで傘さしてるの?」と尋ねたら、「風よけだよ~!」との返答。う~ん、その発想はなかった。関西人小学生恐るべし。これって関西ではスタンダード?。城下町散策では下校時の学生たちとの交流が結構あって、歴史探訪の面白味のひとつではある。
で、細川ガラシャ終焉の地へ。映画・ドラマでは定番的に描かれるシーンではあるが「ここだったのかあ」と思うと感慨深い。意外と大坂城に近い場所であるのもあらたな発見。
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