2024年は犬山城で城初めです。正直、被災された方々を思うとのんきに城めぐりすることへのためらいもありましたが、今できること(さしあたりは義援金)をしつつ、生活再建に向けて動き出す段階では仕事柄できることがあるはずだから、と自分の中で折り合いをつけて行ってきました。
犬山城は室町中期に織田広近が築いた砦を前身とし、戦国中期に織田信康が改修して居城としました。信康の子・信清が織田信長に敗れると信長配下の城となり、本能寺の変の後は尾張国を領した織田信雄の家臣・中川定成が入りましたが、小牧長久手の戦いでは池田恒興の急襲を受けて落城。徳川家康の籠る小牧山城に対する羽柴方の橋頭保となっています。その後、信雄に返還されるも信雄が改易されると豊臣方の城となり、関ケ原の戦いの後は徳川方の城として小笠原吉次が、次いで尾張藩附家老となった平岩親吉が入り、そして同じく附家老の成瀬正成が城主となって、成瀬氏のもとで明治を迎えました。明治に天守を除く建物は破却や移築されましたが、濃尾地震からの修復を条件に天守は成瀬氏に譲渡され、以降、個人所有の国宝として成瀬氏により100年以上にわたって管理されてきました。現在は公益財団法人犬山城白帝文庫の所有に移されています。
5年ぶり2度目の登城ですが、前回は木曽川越しの犬山城を見ていなかったので、まずは犬山橋から。前夜は雪だったようですが今朝は晴れ渡っており、前回は2日前の大雨で木曽川は濁っていましたが今回は穏やかに澄み切っています。そんな青空のもと澄み切った木曽川越しに望む犬山城は……素晴らしい!! 川面には天守が映り、背景には冠雪した伊木山城。このためだけにでも来た甲斐がありました。
犬山橋からニッポン城めぐりのイベントスポットをチェックしながら本丸へ。前回はまだあまり意識が向いていませんでしたが、樅之丸前の空堀や黒門跡の礎石、樅之丸や杉之丸の石垣を眺めつつ、門松の置かれた櫓門をくぐると、眼前に国宝指定の現存天守が聳えていました。小ぶりながら唐破風や入母屋破風を設け花頭窓を配した端整な天守で、付櫓や石落としで防備も固められています。天守に入城すると、1階は上段の間に付櫓と石落としの間、2階は武具の間、3階は東西に入母屋破風の間、南北に唐破風の間があり、4階の高欄の間の外周をめぐる廻縁は、この日は雪が残っていて西辺には入れませんでしたが、南辺からは小牧山城を望み、北辺からは眼下に木曽川、遠景に冠雪した山並みが見渡せ、さすがの絶景でした。
天守を出て、土産物を買い、管理事務所で厳選24城のスタンプを押すと、城下町めぐりに向かいます(続く)。
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