津和野城は標高367mの山上に築かれ南方に周囲を囲うように流れる津和野川が天然の堀の役目を果たしています。弘安4年(1281)の二度目の元軍の来襲ののち、弘安5年に鎌倉幕府は吉見頼行に対し西石見の海岸防備を命じます。頼行は任務を遂行の途中に当地を本城を築くのに最適と定め永仁3年(1295)築城にとりかかったとのことです。吉見氏14代広行の時代に慶長5年・関ヶ原の合戦に毛利輝元に従い西軍として参戦し、西軍の敗走後に吉見氏は当地を追われたとのことです。関ヶ原の合戦の功績で坂崎出羽守成正が3万石で入りますが、例の千姫事件で滅んでしまいます。
翌元和3年(1617)亀井政矩が4万3千石で入り明治まで続いたそうです。
津和野城には10年前に訪れましたがリフトは休みで登城道は通行禁止になっていたのでやむをえず断念しました。4年前に再度来訪し、ようやく本願を果たすことができました。リフトを使えば城域まですぐに到達でき主要部の石垣を十分堪能することができます。
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