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茶てん23

一直線の大手道 (2024/01/14 訪問)

180mの石段💦
かくごしーやー

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茶てん23

山頂に建つ天守 (2024/03/09 訪問)

ロープウェイ🚡な乗って山頂しましたが
急な斜面階段でも結構なとこに
素晴らしー

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茶てん23

乾小天守 (2024/05/01 訪問)

雨でしたが
アリですね

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宗春

続百名城カードを目当てに (2024/05/02 訪問)

以前に一度訪れた事はありましたが、既に疲れていてチャチャっと見て回っただけだったので、少し気になっていました。
今回、続日本百名城カードが発売になった事をきっかけに、地元の友人と再訪しました。
今回はじっくり時間をかけて見て回り、普段はほぼ読み飛ばす説明板も読みました😅

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水谷伊勢守勝氏 (2024/05/03 訪問)

 城山八幡神社および下館小学校付近が城址です。城山八幡神社に説明板と石碑があります。堀切や堀の一部が残っているとの情報がありましたが、確認していません。

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藤原実宗 (2024/05/03 訪問)

 真岡鐡道折本駅から徒歩約15分で石碑のある観音寺に着きました。遺構はよくわかりません。旧国道249号線沿いにも伊佐城址の石碑がありました。

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水谷蟠龍斎政村 (2024/05/03 訪問)

 藤原秀郷が平将門追討の目的で築いた上館、中館、下館の中で上館にあたると伝わっています。戦国時代には下館城主水谷蟠龍斎政村が宇都宮氏に対抗するために築城しました。当時はかなり大規模な城であったようです。
一部ですが、土塁と空堀が残っています。主郭周囲しか散策していませんが、他にも遺構が残っているようです。
 真岡鐡道久下田駅から徒歩15分くらいで行くことができます。

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真岡小学校 (2024/05/03 訪問)

 真岡小学校が城址で校門前に説明板があります。台地の上を堀で4つの郭に区切った連郭式の縄張りであったようですが、堀は埋められかなり改変されています。それでも台地は城跡かと思えばそれなりの雰囲気は味わえます。また周囲には堀跡のような場所もありました。どこまで当時のものかわかりませんが、それらしい雰囲気の場所を投稿させていただきました。
南側にある城山公園には真岡藩陣屋の石碑と説明板がありました。
 真岡鐡道真岡駅から徒歩10分くらいの距離にあります。

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もりっち

三春城 (2024/05/05 訪問)

福島城巡りで1番印象に残ったので記録ついでに投稿。
レンタサイクルがありましたがあえて徒歩で。
駅から山頂までおよそ30分ほどですが、途中の坂がかなり急でキツイです。(3枚目)また、訪問時蜂がそこそこいましたので気をつけてください。
続日本100名城スタンプは本丸手前の広場(?)の木箱に入ってます。また、歴史民族資料館にもあります。
結論として車で行けるのであれば車で行くことをオススメします。自転車や徒歩ではかなりキツイです。

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村上新助良藤 (2024/05/03 訪問)

 観音山山頂に主郭があり、周囲に空堀と土塁が残っています。堀は3つあります。主郭周囲の内堀は全周取り巻いていて手入れもされていて堀底を気持ちよく散策できました。中堀、外堀は東側、北側に主郭を取り巻くように存在します。最も外側にある堀は倒木があり藪になっている所もありますが、何とか堀底を歩くことができます。ただ中堀は進入路がわからず右往左往した結果、東側から何とか堀底に入ることができました。しかし藪と倒木で一部しか歩くことができません。根性を出せばもう少し歩けたかもしれませんが、最近はあきらめが早くなっていて無理はしませんでした。西側に中堀、外堀は確認できませんが、桜川が下に流れていて天然の堀となっていたのでしょうか。南側には曲輪が展開していて防御を固めていたと思われます。主郭を中心に同心円状に空堀が配置されていて山城にしては珍しいかなと以前から興味があった城址です。
 現在は「観音山梅の里」として整備されています。主郭も梅園となっていました。下から見ると山に「村上城跡」と「観音山梅の里」の大きな看板が設置されていることがわかります。

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茂木知基 (2024/05/03 訪問)

 千人溜を囲むように本丸、二の丸、三の丸があり、各曲輪の間には堀切があります。本丸と二の丸の間の堀はわかりやすのですが、二の丸と三の丸の間の堀は藪になっていました。北側に二重堀があるようですが、確認していません。それ以外の場所は出丸、姫の望楼などぐるりと散策しました。主要な場所は概ね整備されていて散策しやすい城址です。
 城山公園となって整備されています。山の上まで車で上がることもできますが、真岡鐡道茂木駅から歩いても約15分で行くことができます。

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柳田伊豆守 (2024/05/02 訪問)

 土塁が一部ですが残っています。土塁の外側に標柱や説明板があります。内側からも観たいと思い回ってみると看板がありました。看板に私有地なので城跡内を見学される方は○〇さん宅に声をかけてからお入りくださいとの表記があり、見渡したところ人影がなかったので内側は看板のところから写真だけ撮り退却しました。

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長尾景人 (2024/05/02 訪問)

 JR足利駅から歩いて渡良瀬川方面へ行くと岩井橋があり、その先のこんもりした山が城址です。登城口には説明板がありました。中腹に赤城神社があり、ここが二の郭のようです。その背後に登って行くと主郭と思われる削平地があり、土塁があります。歩いていると観農城と書かれた看板を見つけました。
 渡良瀬川を天然の堀としていたと思われます。

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鑁阿寺 (2024/05/02 訪問)

 久しぶりの足利氏館です。水堀と土塁に囲まれた方形居宅跡です。鑁阿寺となっていますが、この漢字読めませんでした。室町幕府歴代将軍坐像の特別公開が行われていました。
 
足利学校へ寄って帰りました。鑁阿寺も足利学校も多くの方が訪れていました。


昼時でしたので境内にある大日茶屋さんでポテト入り焼きそばをいただきました。

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三浦の晃ちゃん

藤堂高虎 (2024/05/04 訪問)

山の中によく立派な石垣を積んだものだと思いました。築城は名手、藤堂高虎です。近くに、日本農業遺産にも、選ばれている丸山千枚田が、あります。登城の時は、こちらも、必見です。

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足利成行 (2024/05/02 訪問)

 両崖山山頂の主郭を配置して三方の尾根の曲輪を展開しています。それぞれの尾根は堀切を作成し防御機能を高めています。主郭の北側にある堀切は深く残っています。その主郭側の斜面には石積みがありました。西側の堀切も明瞭に残っています。西側の尾根を進んで行くと紫山と天狗山方面に向かう尾根に分かれますが、その先には堀切があります。天狗山方面の堀切には土橋がありました。ハイキングコースのため後世に設置したものでしょうか。尾根に堀切を配置したシンプルな縄張りですが、それなりに楽しむことができました。

 織姫公園よりアプローチしました。尾根を只管登って行きますが、ハイキングコースとなっていて迷うこともありません。ただ、岩が剥き出しになっている道が多く少し歩きにくい所もあります。この日は天候もよく多くのハイカーの方がハイキングを楽しんでみえました。

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カズサン

加越国境の城・切山城東導入路周辺 (2024/04/20 訪問)

 加越国境の城・切山城大手登城路周辺からの続きです。

 現在の舗装された小原道から造林作業道/オトシ坂道を登って行くと案内解説板の有る所より手前約100~200m辺りから北の山手に最初は一条の横堀、次に二条の横堀が防御の横矢なのか現存して驚きと胸躍る、横堀は小原道を遮断する長い竪堀まで続き、南側の小山は出城陣城の様に横矢が十分掛かる様になっている、東の佐々方松根城からの攻撃を万全な構えで構築している。
 竪堀より西側の小原道北の平坦地は前田軍の兵舎、武者溜りの様子、馬出スロープ南、東下には国史切山城の解説板と石碑が立っている正式には「国史跡加越国境城跡群及び道 切山城跡」と表記されています。
 西が大手道なら東側は搦手道と言いうべきなのか?良く分かりませんが楽しく切山城の遺構防御施構築物を見る事が出来ますし、千田先生監修香川画伯の切山城想像俯瞰図を現地で体験できる事は至上の幸福感と感動が沸き上がる時間を私一人で味わった事はまたと無い貴重な体験探訪でした。

 長々と4編に渡ってご覧いただきありがとうございました。車で近くまで行けて大変登城しやすく整備されて有り難い城跡です。

 次は越中国西側を廻ります。

 

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カズサン

加越国境の城・切山城大手登城路周辺 (2024/04/20 訪問)

 加越国境の城・切山城馬出周辺の続きです。

 東側の馬出側スロープを登って攻略する事は過去の土塁登りで足首を捻挫した悲しい経験があり断念して小原道現在の造林作業道を西に約150~200m廻り込み、杉林の幹にピンクテープが巻きつけてある所から東に向かって緩いスロープを登って行く、ありがたい事にクマ笹が刈って有り道が判り有り難い、約40m登ると堀切が道を遮断、南側を通り尾根道に上がる、土橋の前がやや広い曲輪、土橋の左右は堀切竪堀、主郭の外桝形土塁が眼前に控えて見ごたえのあるポイント。主郭の西、北に広い主郭下曲輪が淡い林間木漏れ日で奇麗に見える。
 主郭編、馬出編より見所は少ないですが最初の堀切、土橋左右の堀切、竪堀が見所。

 加越国境の城・切山城東導入路につづきます。
  

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todo94

雨中の攻城 (2024/03/28 訪問)

広田城からの転戦です。天気予報通りに雨が落ちてきてしまいましたが、登城決行です。登城路はわかりやすいのですが、礫が浮いている部分がかなりあって足元には注意が必要です。麓に近い部分の石垣はさすがに城の遺構ではないでしょうが、山頂近くにも石積が見られました。なぜか二宮金次郎の像と歌の歌詞がありました。この後は佐世保鎮守府周遊ラリー・川棚町の2つのスポットへと向かいました。

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ぎりょう

平渡城(宮城県大崎市鹿島台平渡庄兵衛) (2024/05/03 訪問)

GW後半の初日、地元の城館研究者と共に自身が住む大崎市の鹿島台地区(旧鹿島台町)の山城を攻城しました。12年ほど前から地元の中世城館を訪れて調査をしていますが、これまでは主に加美郡を中心に廻っていました。一昨年、自身が所属する古文書を読む会で志田郡の寺社・城館を記載した文書を学習する機会があり、その資料集の作成に関わったため、本文記載の城館を訪問したいと考えていました。ここ鹿島台地区も近隣に中世城館が数ヶ所あるのですが、市街地化で旧態をとどめていないと聞き、平渡城を目指しました。城は鹿島台の市街地に近い北側の住宅地の背後に位置しています。まずは隣接する民家にご挨拶。地域の城館跡は私有地が多いことから、情報収集も兼ねて必須の行動です。この日も大手口が自宅横となる家の御主人に声掛けしたところ、農作業中であったにもかかわらず、ご家族に駐車場所の手配や登城口までの案内を指示していただくなど、とても親切にしていただきました。
さて、平渡城は、最高部の比高30m、東西40m、南北55mの主曲輪を中心に南、北、西に曲輪を連ね、南と北の曲輪は堀切で区画し、また付随する曲輪も2~3段の帯曲輪を配する縄張ですが土塁はありません。大手筋は南からで、虎口跡がはっきりと残っています。全体としては南北150m、東西90mほどの規模となります。城主は、仙台藩の公文書である仙台古城記、風土記御用書出ともに平渡五郎となっています。旧鹿島台町史によれば、中世に関東の豪族平渡五郎左衛門尉が奥州に下り、この地に居を構えたと云います。
集落の裏山に位置する山城、いわゆる「村の城」は廃城後は昭和の時代まで農耕地として利用され、遺構が破壊されていることが多いのですが、ここ平渡城はしっかりと遺っており楽しめました。
かつて地元の城館調査は春は3月からGWまで、秋は下草が枯れる11月初旬から雪が降る前まで行っていたのですが、ここ二年は、クマの出没が頻繁となり中断を余儀なくされています。はたして今年はどうなることか。

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