あらとじょう

荒砥城

長野県千曲市

別名 : 新砥城、山田城
旧国名 : 信濃

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ふゆづき

復元された中世の山城 (2021/11/01 訪問)

上信越道坂城ICから、国道18号に出て上山田温泉に向かうと、温泉街の背後にある山(冠着山)の中腹に、上山田温泉の文字の後方に櫓が見えてきます。
城跡へのアプローチは、温泉街を抜けて狭い山道に入り(聖高原・姥捨方面の道路は閉鎖されていますが、この荒砥城までは自動車道が通じています)、途中の宗教施設を抜け、駐車場に到着となります。
 駐車場から、城山史跡公園管理事務所を経て城内に続く道は舗装されており、アクセスに問題はありません。
 城内には漆喰の城壁や天守閣はありませんが、戦国までの中規模城郭(せいぜい3~400人程度で守る城のように思います)がどのようなものであるかが想像されるように、山城が復元されているように思います。
 特に虎口周辺の石垣は、余り他に類を見ないような積み方であり、興味を引かれます。 また、櫓から千曲川方面の視界は大きく開けており、この城の本城であった葛尾城はもちろん、上田方面の動きや川中島方面の動きも監視することが可能なように思います。
 このような雰囲気のため、大河ドラマのロケ地に設定されたようで、「風林火山(海ノ口城)」や「江(小谷城)」の代わりになった旨が残されています。
 攻城時間は40分程度。紅葉の時期でしたが、到着が3時過ぎだったためか、他に訪れる者はなく、中世の雰囲気を満喫できたように思います。

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ヒロケン

戦国時代の山城 (2021/10/02 訪問)

荒砥城は村上氏一族の山田氏によって築かれました。葛尾城の城主村上義清は北信濃に侵攻してきた武田信玄に対抗し、「戸石城の戦」等に勝ち領土を守ってきましたが、武田信玄の重臣真田幸隆の急襲により戸石城が落城し、荒砥城主山田国政も戦死しました。
一時、武田氏の屋代氏が荒砥城主を務めました。川中島の戦いを経て上杉氏の治める城となり、上杉景勝は村上景国を海津城将に屋代秀正を副将に任命しましたが、屋代秀正は徳川家康に内通して海津城を出て、荒砥城に籠りましたが上杉氏に攻められ落城し、廃城となりました。

現在、城山史跡公園として館・物見櫓・櫓門・冠木門・石垣が再現され、戸倉上山田温泉と合わせ町民、観光客から親しまれています。

この城の見所は何と言っても、中世山城の雰囲気をそのままに多くの建造物が再現されていて、戦国時代の山城として楽しませてくれるところです(*^▽^*) また、北アルプスの山並み・千曲川と両岸に広がる街並みを望む眺望が素晴らしく良いところです(*^▽^*)

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織田晃司

大河ドラマ (2021/07/29 訪問)

「風林火山」や「江〜姫たちの戦国」でロケ地として使用。
中世の北信濃の城を再現した城です。

山城ですが車で近くまで行けます。ただかなり急な坂ですので登りはATのスポーツモードを使用。下りはエンジンブレーキを多用します。
ですから雪が降ると通行止めになります。

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じゅんじん

GWの城巡り (2021/05/05 訪問)

5年ぶりに行きました。きれいになっておりちょっとびっくり。風林火山なつかしいな。

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城郭情報

分類・構造 連郭式山城
築城主 山田二郎?
築城年 室町時代
主な改修者 山田氏
主な城主 山田氏、屋代氏
廃城年 天正11年(1583)
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)
指定文化財 市史跡(荒砥城跡群)
再建造物 館、見張り台、兵舎、門、柵、石碑
住所 長野県千曲市上山田3509-1
問い合わせ先 千曲市役所教育部文化課
問い合わせ先電話番号 026-275-0004