主郭部は荒川と深沢川に挟まれた断崖絶壁の上に築かれ、交通の要衝で上野・甲斐・信濃方面を押さえる地点でした。文明8年(1476)関東管領・山内上杉氏の家臣、長尾景春が築城したと伝えられ、後に藤田泰邦に入婿した、北条氏康の四男氏邦が整備拡充した。天正18年の小田原攻めでは、重要な支城として、前田・上杉等の軍に包囲され、一月余りの籠城戦後、氏邦は6月14日に城兵の助命を条件に開城しました・・・と案内板に記されている。
3年前に外曲輪の南、馬出付近を見ていなかったため再訪。鉢形城歴史館~外曲輪北東の馬出付近~深沢川~笹曲輪~本曲輪~二の曲輪~三の曲輪~諏訪曲輪~伝逸見曲輪~伝大光寺曲輪~鉢形城歴史館を大急ぎで見て回る。弁天池の東一帯は作業中(穴があき、補修中だそう)で入れなかった。歴史館(入館料200円)には、当時はこのような門かな、と思わせる矢倉門が出迎える。壁には細かく、成り立ち・北条氏などの説明が掛けてある。奥に城跡の立体模型が飾られている。更に先には計画展示室に土器等が展示されている。
+ 続きを読む










