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HARU

箕輪城 (2018/05/18 訪問)

当初は堅固な土造の城でしたが、最後に入った徳川家康の譜代井伊直政によって石を用いた近世城郭に大改修されています。2016年には「郭馬出西虎口門」が復元されました。

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しんちゃん

都城島津邸 (2014/01/11 訪問)

都城島津邸は宮崎県都城市早鈴町にある都城島津家の邸宅です。都城はかつての島津荘の中心の地であり「島津発祥」の地とも呼ばれています。鎌倉時代に源頼朝に任命された惟宗忠久が「島津氏」を名乗ったのが島津氏の始まりとされています。
都城島津邸は明治12年(1879)以降に都城島津氏が住んだ邸宅で5000坪の敷地を持ち、都城島津伝承館や国の有形文化財に登録されている御門や本宅などが有りました。昭和10年に本宅の大改築が行われ、昭和27~28年にかけて2Fが増築されています。昭和48年昭和天皇皇后の両陛下が宿泊する際にも改築が行われ今の形になったとのことです。

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新田金山城 (2018/05/18 訪問)

石造の巨大な山城で、大手虎口や日の池などが復元整備されています。

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足利氏館 (2017/11/11 訪問)

平安時代から鎌倉時代はじめに足利義兼によって築かれたと言われています。館内に持仏堂を建立したのが現在も残る「鑁阿寺(ばんなじ)」の始まりです。

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菅谷館 (2017/05/20 訪問)

鎌倉幕府初期の有力御家人であった畠山重居館居館と伝えられ、執権の北条氏に謀反の嫌疑をかけられて討たれてしまい大規模な大規模なその後山内上杉氏が再興しました。大規模な土塁や空堀を見ることができます。

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左近くん (2024/02/03 訪問)

 登城口には奈良県平群村のマスコットキャラクター左近くんが城を守るように立っています。島左近の居城であったという説もありますが、確認できていないようです。椿井井戸登城口から登城し椿井春日神社へ下りてきました。登城路は整備されていてそれなりの山道ですが、まあまあ歩きやすくなっています。「北郭部分は平成25年4月1日より当面、見学を制限します」と書かれた案内板あり、まだ北郭へは行くことができません。北郭への道も藪になっていてわからなくなっていました。南郭の堀切、土橋、石積等を観ながら散策しました。椿井城案内板の縄張り図に描かれていた石積下の竪堀は藪になっていてわかりませんでした。

 近鉄生駒線竜田川駅から徒歩15分くらいで登城口に行くことができます。

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武蔵松山城 (2017/05/20 訪問)

別名「武州松山城」「武蔵松山城」とも呼ばれる吉見町にある「松山城」、室町時代に上田友直によって築城され、その後北条方の城として豊臣秀吉による小田原征伐の時、前田・上杉軍主力の大軍に包囲され落城しました。

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平群中央公園 (2024/02/03 訪問)

 島氏の城と伝わっています。平群中央公園となっています。遺構はよくわかりませんでした。

近鉄生駒線竜田川駅より徒歩15分くらいです。

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小田原・箱根旅行 (2017/02/04 訪問)

豊臣秀吉軍に滅ぼされた小田原北条氏の居城。天守を始め堀・橋・門などが復元され見所が多い城となっています。この時も梅の季節に訪れましたが、河津桜も綺麗に咲いていました。

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田原レイマン (2024/02/03 訪問)

 田原氏の城で戦国時代には三好長慶の飯盛山城の支城として機能していたといわれています。北側から登城し散策後、東側の登城口から出てきました。説明板は東側の登城口にあります。見どころのひとつは主郭下の堀切でいい状態で残っています。コンパクトですが、それなりに遺構は残っています。ただ主郭周辺以外は倒竹が多く散策に少し難渋しました。水の手はいつも気にしているので「水郭」と主郭の説明板に書かれている曲輪は興味深く見学しました。ただ説明板には「二つの深井戸と三角形井戸を含んだ削平地一帯が水郭である」と書かれていましたが、やはり倒竹でよく見えません。先輩方の投稿を拝見すると主郭には以前は祠があったようですが撤去されていました。

 生駒駅からバスに乗り池谷バス停下車、徒歩10分くらいで登城口に行くことができます。

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鷹山氏の城 (2024/02/03 訪問)

 興福寺一条院方の衆徒である鷹山氏の城と伝わっています。登城口は北にあり南へ進んでいくと九頭龍王を祀る十三重塔が設置された曲輪に到達し、ここに説明板がありました。主郭はその曲輪から北方にあり明瞭な道はありませんが、藪はそれほどではなく比較的容易に散策することができます。主に東側に曲輪が展開しています。西側は崖になっていました。主郭を越えて進むと浅いですが、堀切と思われる地形があります。
縄張り図を見ると説明板のある場所の南にも曲輪があると思われますが、ロープが張ってあり行くことができません。

 近鉄けいはんな線学研北生駒駅よりバスに乗り庄田バス停下車、約10分で登城口に行くことができます。バス停から数カ所に案内表示があり迷うことはありません。

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甲府城 (2017/04/08 訪問)

この日「新府城」「武田氏館」に続いて訪れました。前年に続いて2回目の訪問でした。この日は「信玄公祭り」で人で賑わっていて、サクラも綺麗に咲いていました。

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躑躅ヶ崎館 (2017/04/08 訪問)

「躑躅ヶ崎館」は「武田氏館」の別名、武田信玄の父信虎が築城し、信玄・勝頼の三代にわたる居館。信玄はここ本拠地に大きな城を持たず、現在は武田神社などが建っています。ちょうど「信玄公祭り」が開催され、サクラも見頃でした。

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新府城 (2017/04/08 訪問)

武田勝頼が北条、徳川、織田らの圧力に対抗し、新たな本拠地として築城した「新府城」、最後は織田軍侵攻を受け自ら城に火を放ちました。武田流の築城術の粋がみられます。

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片倉城跡公園 (2017/04/07 訪問)

現住所のすぐ近くにある「片倉城跡」、ウォーキングがてらに幾度となく訪れていますが、お勧めは二の丸広場などに咲くサクラと堀跡に咲くカタクリの花が咲く季節です。

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鉢形城 (2017/03/12 訪問)

長尾氏が築城した後、北条氏邦(氏康の五男)によって整備拡張された「鉢形城」、発掘調査に基づき曲輪などが復元整備されています。

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忍城 (2017/03/12 訪問)

「のぼうの城」で知られた行田市にある浮城「忍城」、小田原平定の折、石田三成率いる軍勢に水攻めされましたが、小田原城開城まで持ちこたえたことで知られています。御三階櫓が再建されています。

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水戸城 (2017/03/11 訪問)

3月の梅の季節に合わせ、偕楽園や弘道館を訪ねたあと、土塁と堀で守られた徳川御三家の城、水戸城を訪れました。水戸城で現存する最古の建築物、薬医門や空堀・土塁などが残っています。

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津久井湖城山公園 (2017/02/12 訪問)

北条氏が小田原城の支城として重要な役割を果たした津久井城、山麓に根小屋を備えた根小屋式山城で「本城曲輪」までは登り甲斐がありました。

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八王子城 (2017/01/14 訪問)

地元の八王子、北条氏照が滝山城を離れ八王子城を築城しました。先ずはガイダンス施設で知識を得て、復元された御守殿跡などを巡るのがお勧めです。

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