ちゅうじょうしやかた

中条氏館

埼玉県熊谷市


旧国名 : 武蔵

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正面山門は桝形虎口の様(常光院)
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カズサン

常光院が館趾 (2026/05/30 訪問)

 庁鼻和城を終えて東へ約10km、国道17号線沿いの未踏の城廻り五城目、中条氏館を探訪、館址である常光院駐車場を利用、駐車場は通用門より東行約50m、北行約50mに在る。
 参考資料:余湖図コレクションさんグーグルマップに依る。

 中条氏館跡である常光院正門は枡形の様な造り、東右手に「史跡中條氏舘跡」の背の高い立派な石碑が在る、西左手には
 常光院沿革が屋敷地地図付き碑文石板が立っている、その後ろに白板立看板で「中条氏館」がある。
 南側は水堀、土塁、土塁上に白土塀で構えてる、中世館感がムンムンにしてきます、南中央に正面の山門、やや東に通用門が在る、正面山門より入り、参道脇に西側に居は池が有り土塁で囲まれている、本堂は茅葺屋根で古の風情がある、玄関は唐破風の瓦屋根、本堂の西横、北側に土塁が残って居た。説明板によると、中条氏館跡は18000坪ほどの長方形敷地で現在1/3が常光院の境内に成っている。

 歴史は
 長承元年(1132)藤原常光は武蔵国守に任命され、この地に館を構え中条氏を名乗った、常光の死後、孫の家長が菩提を弔うために館を寺にして常光院と名付けた。また家長は文武に秀で、鎌倉幕府の評定衆となり、貞永式目の制定に加わった。(説明板、沿革抜粋加筆)

 次は成田氏館に向かいます。

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しんちゃん

中条氏の祖の名が寺名として残る。 (2024/05/05 訪問)

中条氏館は常光院の境内が館跡とされています。平安時代の末期、藤原氏の出身である常光は、長承元年(1132)に中条の地に館を構え、中条氏を名乗るようになったと案内板に記されています。館は1万8千坪ほどの長方形で現在は1/3ほどが常光院の境内になっています。
常光院は建久3年(1192)家長が祖父である常光のために館の一部を寺としたもので、門前には堀があり、境内の土塁にも居館跡の遺構が残っています。

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todo94

帰省時の攻城① (2023/08/14 訪問)

お盆の帰省、正月に続いて埼玉県に向かいます。全国一ガソリンの高い長野県に比べ、熊谷近辺はリッター20円ほど安かったので、しっかり給油しておきました。中条氏館は常光院となっていて中条氏の墓所もありました。石板の縄張図を見て寺の東側の大きな土塁も城域内に思えたので写真を撮っておきましたが、果たして遺構なのかどうか。

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常光院 (2023/08/10 訪問)

 常光院が跡地で、低くなっていますが土塁や堀が残っています。

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 中条常光
築城年 長承元年(1132)
主な城主 中条氏
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)、横堀(水堀)
指定文化財 県史跡(中条氏館跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 埼玉県熊谷市上中条1160
問い合わせ先 熊谷市立江南文化財センター
問い合わせ先電話番号 048-536-5062